■0245「パトリス・ルコントの大喝采」

 もう10年以上前になる。「パトリス・ルコントの大喝采」は、1996年を締めくくるにふさわしいルコント監督の傑作だった。そのうまさにあらためて舌を巻いた。多作傾向があったときだが、多彩な味付けを加えながら、高い水準を保っていた。前作「イヴォンヌの香り」では官能美を堪能させてくれたが、一転してテンションの高いコメディ。売れない老俳優たちが何とか役にありつき奮闘する中で、爆発的な人気を得ていくという底抜けなハッピーエンドが用意されている。
 不遇を吹き飛ばす老人パワーはすごい。名優たちの絶妙な演技に圧倒され、笑いの渦に飲み込まれてしまった。久しく忘れていた種類の快感。ジャン・ピエール・マリエル、フィリップ・ノワレ、ジャン・ロシュフォーレたちの存在感あるコミカルな演技はさすがだが、カミラ・ミロ役のカトリーヌ・ジャコブの的確な演技、発散するエネルギーはけっしてひけをとらなかった。ジュリエット役のクロティルド・クローも抜群に可愛らしい。

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■0244「JSA」

 38度線上の共同警備区域=JSA。この南北朝鮮分断の象徴で不可解な射殺事件が起こり、真相を究明するためスイス軍将校が訪れる。そして、驚くべき真実と統一への熱い思いが明らかになる。紋切り型を避け、南北分断の現実をファンタジックでありながらリアルに描いた問題作。この作品を観た時、2000年に韓国でこのような作品がつくられたと、きっと後世は記すことになるだろうと感想を書いたが、その後さらに自由化が進んでいる。
 最初は、演技が硬く、もたつきが気になったものの、中盤からは南北の男たちの友情に、ぐんぐん引き込まれた。タブーを犯しながら、出会いを繰り返し、本当に楽し気に語らい合う4人。重大な犯罪という政治的な側面を忘れさせるほどに、その会話はコミカルだ。だから悲劇が際立つ。スイス軍将校役のイ・ヨンエは、最初付け足しのような役回りだったが、最後は未来を象徴する存在となる。表情が乏しく物足りない面もあるが、月並みな恋愛に巻き込まれなかったので許そう。

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■0243「ホワット・ライズ・ビニース」

 「ホワット・ライズ・ビニース」は、ロバート・ゼメキス監督が、全身全霊でヒッチコック監督に捧げたオマージュだ。ヒッチコック作品の変奏の嵐。その徹底ぶりに感心し、ときには口元が緩む。大きな仕掛けではなく、細部を積み重ねることで恐怖や謎を膨らませいく繊細な手つきは、ヒッチコックが乗り移ったように見事だった。鏡を効果的に使う繊細な演出によって、するりと作品の世界に入り込むことができた。ラストのホラーは、ヒッチコックからの逸脱だが、ゼメキスのお遊びとして許してあげたい。
 ハリソン・フォードが、ノーマンという名前で登場したときから、ただならぬ展開が予想された。これまでの俳優像を利用して、意外性を高めていく知能犯的な配役だ。ハリソン・フォードにとっても、大きな位置を占める作品となっただろう。そして、ミシェル・ファイファー。最初からラストまで、彼女の演技にくぎ付けになった。不安が増殖していく過程を、美しい表情の変化でみせる。「恋のためらい」とは、まったく別の新しいファイファーがいた。ぞくぞくするほど魅力的だった。

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■0242「MIFUNE」

 「MIFUNE」(ソーレン・クラウ・ヤコブセン監督)は、1999年ベルリン映画祭銀熊賞を受賞 している。三船敏郎のこと。「七人の侍」で菊千代役を演じた三船敏郎とクレステンをだぶらせている。菊千代は農民であることを隠して侍になっていたが、クレステンは田舎育ちを隠してコペンハーゲンで仕事をし社長令嬢と結婚する幸運をつかんだ。知的障害者の兄ルードは、クレステンを「とても強くて諦めない七人目の侍」と思っている。やや強引だが、デンマークで三船敏郎がこれほど浸透していると知ってうれしかった。
「ドグマ95」の3番目の作品として製作された。映画をハリウッド的なテクニカル重視の傾向から解放しようとする狙いがあると思うが、その約束は極端に言えばドキュメンタリーのように映画をつくれという制約の多い内容で、虚構や飛躍が基本の映画の精神とは相容れないように思う。ただ、ソーレン・クラウ・ヤコブセンは「ドグマ95」を絶対視するのではなく、「ダイエット」と称してその制約を楽しんでいた。
 成功したクレステンに、兄と暮らしていた父親の死亡の知らせが来る。天涯孤独と言っていた嘘が妻にバレ、仕事と家庭を失う。しかしクレステンは重荷を降ろしたように気楽になり、兄と暮らし始める。嫌がらせ電話から逃れるためにメイドとしてやってきたコールガールのリーバに恋し、その弟で退学になったビアーケとも新しい生活を始める。知的障害者のルードが、屈折した思いを抱えながら生きている3人を解放していくという基本線は、よくあるパターンともいえる。しかし、素朴な映像によって彼等のひたむきな情感が自然に伝わってくる。「身の丈」という言葉を思い出した。

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■0241「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」

 「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」(アナンド・タッカー監督)は、イギリス最高の天才チェリスト、ジャクリーヌ・デュ・プレと姉のヒラリー・デュ・プレの愛と確執を描いた迫力あるドラマ。「シャイン」(スコット・ヒックス監督)に並ぶ佳作だった。ジャクリーヌは28歳の頂点の時に難病の多発性硬化症に冒されてステージを降り、42歳で1987年に亡くなっている。「ほんとうの・・・」という邦題は、伝説化され神格化されている天才の実像に迫ろうという姿勢を示しているが、それを知らないと奇異な感じを受ける。欧州では内容に抗議するデモがあったという。
 前半はそっけないほど淡々と流れていくが、後半に入って前半の場面が眩く活きてくる。予想はしていたものの、エルガーのチェロ協奏曲の鬼気迫るような音色に圧倒された。この音に出会えただけでも収穫だった。自分の才能と人生に戸惑い苦悩するジャクリーヌをエミリー・ワトソンが渾身の力で演んじた。印象深い「奇跡の海」(ラース・フォン・トリアー監督)以上にリアルだと思う。ヒラリー役はやや美化されている気もするが、レイチェル・グリフィスの演技に嫌味はなかった。

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