■0282「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」

 本谷有希子原作、吉田大八監督長編デビュー作。むちゃくちゃ挑発的な題名だが、内容はさらに挑発的。家族劇を通じて悪意たっぷりに人間存在の闇をえぐる。第60回カンヌ国際映画祭批評家週間に正式招待されたのも、うなずける。
 女優を目指す自意識過剰な勘違い女・澄伽を演じる佐藤江梨子の切れっぷりも見事だが、その姉にいたぶられながらも、姉をテーマにホラー漫画を描き続ける清深を演じた佐津川愛美の屈折ぶりが、さらに見事だ。しかし、一番の名演技は、兄嫁役の永作博美だ。彼女の作る人形が恐ろしい。彼女の笑顔が恐ろしい。底抜けのお人好しにみえて怪物的な闇を抱えている。いや人間存在の闇と戯れている。彼女が切れたらどんな惨劇が起こるだろうと想像したら、とても怖い。おぞましい家族関係の重圧に押しつぶされる兄を演じた永瀬正敏は、見事に3人を引立たせていた。

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■0281「マリー・アントワネット」

 ソフィア・コッポラ監督の「マリー・アントワネット」は、並みの歴史映画ではない。マリー・アントワネットを、浪費家で傲慢な女性ではなく、淋しがり屋の可愛い女性として描く。映像は、まさにソフィア・テイスト。可愛らしいお菓子やドレスが次々に登場する。音楽もロックやポップが基調。それが、柔らかな映像と響き合う。
 ルイ16世役に甥っ子のジェイソン・シュワルツマンを起用する遊び心に満ちたソフィア・コッポラ監督は、既存のアントワネット像に挑戦するためキルステン・ダンストをキャスティング。アントワネットを普通の女の子に見せることに成功した。もともと、マリー・アントワネット像は、民衆の憎悪をかき立てるために、ねつ造されたもの。有名な「パンがなければお菓子を食べればいい」という言葉も、彼女の言葉ではない。歴史的な偏見から逃れるためにも、一見の価値がある。
 ケーキ好きの人は、映画を見る前にケーキを食べておいた方が良い。登場するケーキの、甘くおいしそうに見えることといったら。

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■0280「鉄コン筋クリート」

 息を飲むシーンの連続。マイケル・アリアス監督のあまりにも純粋な情熱と、STUDIO4℃ の高い技術が結びつき、希有の密度と美しさを備えたアニメが完成した。どの場面も全力投球。高い目標を掲げ、妥協を許さないアリアス監督の執念が、びしびしと伝わってくる。完成までに9年かかった。いや完成したのが奇跡のようだ。すげぇ。夢はあきらめてはだめだ。
 声優が良い。クロ役二宮和也、シロ役蒼井優。どちらも、ぴったりとはまっている。2人は、2006年を代表する役者でもある。とくに蒼井優は、ダントツの存在感だ。おまけに、こんな才能まであるのかと、本当に舌を巻いてしまった。彼女もすげぇ。ほかの俳優たちも、違和感がない。有名な俳優が声優を務めて失敗した「ゲド戦記」とは、大違い。

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■0279「アサシンズ」

 「憎しみ」でパリの青年たちの焦躁感をモノクロの映像に深々と焼きつけたマチュー・カソヴィッツ監督の作品。ボケが始まりかけた年老いた暗殺者は、何とか後継者に自分の技術と暗殺者の倫理を伝えようとする。しかし、暗殺者の古めかしい職人的な倫理は、青年にはまったく伝わらない。そして躊躇が残る25歳の青年を飛び越し、機械的な殺人という点で老人と13歳の少年はつながる。しかし、その動機はまるで違う。三世代の孤独と断絶を描いた血なまぐさいブラックユーモアと呼んでいいかも知れない。
 暗殺者の圧倒的な存在感や銃弾の重さが伝わってくる描写、そして青年の銃殺による唐突な展開には、監督の力量が発揮されている。ただ、「憎しみ」に比べ、監督の腰が座っていないように感じた。暴力描写に対するマスコミの批判が、相当にこたえているのだろう。だからといってテレビの俗悪さや危険性を映画の中で説明しても、力のある作品にはならない。現実の人間同士の生々しい暴力を見据え、それを映像に定着してほしい。

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■0278「茶の味」

 爆発的なエネルギーに満ちた「鮫肌男と桃尻女」「PARTY7」を監督した石井克人が、個性的な家族たちの振るまいをゆったりと描く「茶の味」を完成させた。2004年カンヌ国際映画祭監督週間オープニング作品となり、高い評価を得た。確かに奇跡的とも言える独特の雰囲気が作品を包んでいる。言葉にすることの難しい空気感、生存感、宇宙感。石井克人が目指した世界よりも、おそらくはさらに広く深い作品になっていると思う。
 この作品には、中心がない。ひとり一人のたゆたう心と家族のささやかな絆が、特異なギャグや突飛な妄想とともに淡々と映像化される。里山の美しい映像が重なり、縁側や夕焼けのように開かれた空間が広がる。俳優たちが皆さり気なく素晴らしい。我修院達也でさえ、出過ぎていない。浅野忠信の「野グソ・デビュー」の話は絶妙な語り口。中でも6歳の坂野真弥の芸達者ぶりには驚かされた。生きることのとりとめなさ、けだるさ、悲しみ、喜びを表情で使い分け、この作品を輝かせている。手書きアニメに対する熱烈なオマージュが込められていることも忘れずに、書き留めておきたい。

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