2015.10.26

映画「GONIN サーガ」

バイオレンスアクション映画の傑作と呼ばれた1995年公開の「GONIN」の続編です。前作を手がけた石井隆監督の執念の作品です。
「GONIN」は、タランティーノ監督の「レザボア・ドッグス」に感激した竹中直人が、石井監督に「男たちの映画を撮ろう」と持ちかけたのがきっかけで制作されました。タランティーノ監督は「GONIN」、そして石井監督を高く評価しています。スティーブン・ソダーバーグ監督の「オーシャンズ11」は、「GONIN」のリメイクから出発して別の作品になったというのは有名な話しです。

「GONIN サーガ」は、「GONIN」の登場人物の息子たちに焦点を当てた新作です。前作の19年後が舞台です。容赦ない暴力、けれん味あふれる圧倒的な美意識と冷え冷えとした虚無感の共存。昭和の香りに満ちた石井ワールドが花開きます。

俳優引退を表明していた根津甚八が本作に限っての復帰を果たしています。鬼気迫るものがありました。男たちに混ざって、男たち以上の存在感を放っていたのが土屋アンナです。俳優としての成長に驚きました。

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アニメ「屍者の帝国」


2009年に34歳の若さで他界したSF作家・伊藤計劃。「Project Itoh」は、彼の残した3つのSF小説を、3カ月連続で劇場アニメ映画化するというプロジェクトです。1年前にプロジェクトが発表され、公開を心待ちにしてきました。「屍者の帝国」は、その第1弾です。

小説の「屍者の帝国」は、伊藤計劃の第3長編として計画されていましたが、冒頭の草稿30枚をのこしてガンでなくなります。親交の深かった円城塔が遺族の承諾を得て書き継いで完成させました。フランケンシュタインによる屍体蘇生術が普及した19世紀の世界を舞台とするスチームパンクSFです。歴史改変小説でもあります。屍者が世界の産業・文明を支えています。

劇場版アニメ「屍者の帝国」は、牧原亮太郎が監督。ウィットスタジオの制作です。
アニメは、原作の基本設定を踏まえながら、物語は大きく改編しています。ただ、原作と同じように、ロンドンだけでなく、アフガニスタン、ロシア、日本などを舞台にしています。壮大です。「シャーロック・ホームズ」のワトソン、「カラマーゾフの兄弟」のアレクセイ、「未来のイヴ」のハダリーらが登場します。
主人公ワトソンと親友フライデーの関係が全面に出ています。円城塔と伊藤計劃の関係を織り込んでいます。

始まりは、冒険活劇のようにスリリングで引き込まれます。クリエーターたちの熱意が込められたハイクオリティな映像に感動します。後半、詰め込み感が感じられるものの、ハダリーの魅力で乗り切っています。

11月公開予定の第2作「虐殺器官」は、制作会社のマングローブが突然倒産し、制作体制の見直しのため公開が延期されました。第3作「ハーモニー」の公開が、11月13日に繰り上げられます。

マングローブは、アニメ史に名前をきざむ数々の傑作アニメを生み出してきました。しかし作品を制作しても赤字続きだったようです。9月末まで「ギャングスタ」というテレビアニメも制作していました。

アニメ「虐殺器官」のプロモーションビデオを観ましたが、力の入った水準の高い作品に感じられました。無事に劇場公開されることを祈ります。

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2015.09.28

■「アンフェア the end」「天空の蜂」「雪の轍(わだち)」「ミッション:インポッシブル ローグ・ネイション」

■「アンフェア the end」
「アンフェア」は、主人公・雪平夏見役の篠原涼子の魅力に支えられています。佐藤嗣麻子(さとう・しまこ)監督は、脚本も手掛けています。権力の中枢に立ち向かう骨太の展開は魅力的です。篠原涼子の凛とした美しさを、丁寧に切り取って行きます。前作は「the answer」と銘打ちながら、終わりませんでしたが、今回は本当の完結編です。

今回も、誰が敵で、誰が味方か分からない展開。どんでん返しの連続です。ストーリー的には、突っ込みどころ満載ですが、パワーで押し切った感じです。「the answer」よりも、監督の独特の映像美は少ないですが、情報社会の現状を巧みに取り入れた構成は見事です。

■「天空の蜂」
東野圭吾の1995年の書き下ろし長編小説を、堤幸彦監督が映画化しました。
工場試験飛行場から軍用の巨大ヘリコプター「ビッグB」がテロリストによって奪われます。爆薬物を搭載し、遠隔操縦で福井県の高速増殖炉「新陽」の上空で旋回します。「稼動中や建設中の原発を全て停止しないと巨大ヘリを新陽に墜落させる」という脅迫状が日本政府に届きます。「ビッグB」の機内には、子供が乗り込んだままで、子供の救出活動と犯人捜査が行われます。

手に汗握る展開ですが、俳優たちは、なかなかの熱演を見せます。なかでも、奪われたヘリコプターの開発責任者・湯原を演じた江口洋介と湯原と同じ会社の原子力技術者・三島を演じた本木雅弘の演技は、迫力がありました。犯行に協力した赤嶺淳子役の仲間由紀恵のうまさも光りました。

原発推進派と反対派の対立という単純な図式ではなく、双方の入り組んだ思いが重層的に描かれていて、厚みのある展開でした。そして、犯人をだます政府の姑息さ、もの言わぬ国民のずるさを批判することも忘れていません。観終わって、ずしりとした感触が残りました。

堤監督は「3.11以降の現状を見ると、きっと世の中に必要な作品だと思った」と制作の理由を話していました。ラストシーンに、原作にはない3.11を持ってきた意図は明白です。

■「ミッション:インポッシブル ローグ・ネイション」
シリーズの5作目。クリストファー・マッカリーが監督と脚本を手掛けています。プッチーニのオペラ「トゥーランドット」を下敷きにした、なかなか手の込んだ脚本です。

トム・クルーズは主人公イーサン・ハントを演じ、プロデューサーも兼ねています。今回も、軍用飛行機のドア外部に張りつき侵入するという、スタントなしの危険なシーンに挑んでいます。こんなハイリスクな行為は、プロデューサーを兼ねているからこそできることです。

さて、もう忘れてしまったかもしれませんが、もともとの「ミッション・インポッシブル」は、頭脳集団ができるだけ人を傷つけることなく任務を遂行する点が魅力でした。派手なアクションシーンはありませんでした。ブライアン・デパルマ監督の劇場版「ミッション・インポッシブル」は、超人的なアクロバット・シーンが登場し、基本的な魅力が変わりました。「2」「3」も、全編がアクションの連続でした。ただ、「3」はチームプレイが生かされていました。マギー・Qのゴージャスさも印象に残っています。

2011年公開の「ミッション•インポッシブル ゴーストプロトコル」は、ブラッド・バード監督初の実写映画でした。オープニングタイトルの出来は最高でした。スケール感があり、ストーリーが流れるようにつながっていて、心地よい高揚感がありました。

そして、本作「ミッション:インポッシブル ローグ・ネイション」。今回は、謎の多国籍スパイ組織「シンジケート」が相手です。相変わらず荒唐無稽で、突っ込みどころ満載ですが、1級の娯楽作です。ヒロインの謎の女性イルザをスウェーデン人女優レベッカ・ファーガソンは演じています。トレーニングのかいがあって、アクションのキレは素晴らしかったです。

■「雪の轍(わだち)」
2014年の第67回カンヌ国際映画祭パルムドールを受賞しました。
トルコのヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督による、カッパドキアを舞台に繰り広げられる重層的な人間ドラマです。
ジェイラン監督の作品が日本の劇場で上映されるのは、本作品が初めてです。
「オセロ」というホテルのオーナーで元舞台役者のアイドゥンは、若い妻ニハルと、離婚して戻ってきた妹ネジラと暮らしています。それぞれの関係は、ぎくしゃくしています。雪に覆われたホテルの中で、それぞれの屈折した思いが爆発し、終わりのない憂鬱な会話が続きます。家賃を滞納するイスラムの聖職者一家とのいざこざも続いています。

カッパドキアという舞台は、人間ドラマの格好の場所です。
カッパドキアは、キノコ状の岩による不思議な景観、膨大なキリスト教壁画、地下都市と多彩な魅力を持つ、トルコ最大の観光地であり、世界遺産に指定されています。イスラム教とキリスト教の複雑な歴史が刻まれています。この作品でも、相互の価値観の違い、その断層が描かれています。

イングマール・ベルイマン監督の作品を連想させます。歴史を背負った重苦しい人間ドラマの典型です。それにしても、196分は長過ぎました。

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2015.08.14

■「人生スイッチ」想像を超えたな展開の連続、恐怖のあまり、笑ってしまいます


ダミアン・ジフロン監督・脚本、ペドロ・アルモドバル製作。6作品のオムニバス。想像を超えたな展開の連続、恐怖のあまり、笑ってしまいます。
「1・おかえし」。ファッションモデルが飛行機に乗り、隣の席の男が彼女の荷物を収納してくれたことがきっかけで会話が弾み、音楽評論家の男は、彼女の元彼を知っていることが判明します。近くの席には元彼を教えていた教師がいました。乗客全員が元彼と関わりがあることが分かります。
とても巧みな会話劇で、驚くべき事実が判明します。出だしから、めちゃくちゃ面白くて、思わず身を乗り出してしまいます。
「2・おもてなし」父親を自殺に追いやり、母親を誘惑した高利貸しの男がレストランにやってきたことを知ったウェイトレスは、同僚に話します。同僚は料理に殺鼠剤を入れて毒殺することを提案します。この作品も意外な結末が待っています。
「3・エンスト」。運転手同士の暴力がエスカレートしていきます。
「4・ヒーローになるために」。施設を安全に爆破する技術者は理不尽な駐車違反に腹を立て抗議します。
「5・愚息」裕福な男の息子がひき逃げをし、使用人が身代わりになります。
「6・HAPPY WEDDING」結婚式の最中に、花嫁は花婿の浮気に気づきます。
どの作品も意外な結末を迎えますが、最後の作品だけはブラックではないハッピーエンド、いやあれはあれで結構ブラックなのでしょう。
観ている間中、心の中で何度も「えーっ」と叫んでしまいました。周りでは、笑いの渦が。ブラック・コメディ・ショートを堪能できます。

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2015.07.26

■2015年7月映画評「マッドマックス 怒りのデス・ロード」「バケモノの子」「チャイルド44 森に消えた子供たち」「グローリー/明日への行進」


■「マッドマックス 怒りのデス・ロード」
オーストラリアの映画です。2012年7月から12月までアフリカのナミビアで撮影されました。「マッドマックス」最新作です。

「マッドマックス」の第1作は、1979年公開のオーストラリアのアクション映画でした。低予算映画で、予算のほとんどを車の改造に費やしました。「制作費と興行収入の差が最も大きい映画」として、『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』に抜かれるまではギネスブックに掲載されていたほどです。

監督のジョージ・ミラーと主演のメル・ギブソンの出世作です。メル・ギブソンは当時演劇学校に通う学生でした。

オーストラリアでの公開後に日本で上映し、日本で好評だったことが、全世界に売り込む足がかりとなったという話は、有名です。ジョージ・ミラー監督は「35年前に『マッドマックス』を一番最初に受け止めてくれたのは日本のファン」と話しています。

警官マックス・ロカタンスキーは、暴走族で警官殺しの凶悪犯ナイトライダーを追跡していましたが、ナイトライダーは運転を誤って死亡します。マックスは、ナイトライダーの復讐を目指す暴走族から命を狙われます。家族と共に旅行に出ますが、暴走族に見つかり、妻子が殺害されます。マックスは、復讐を誓います。

「マッドマックス2」は、1981年公開です。前作のヒットを受け、約10倍の費用をかけて製作されました。製作費の大部分は、やはりマシーンの改造費に当てられました。

前作の直後に世界大戦により文明は崩壊したという設定です。戦争による油田破壊で石油が枯渇し、凶悪な暴走族が石油の争奪戦が繰り返しています。マックスは、改造車に乗り暴走族を倒しながら、荒野を旅しています。

世界大戦後の荒廃した世界設定、暴れまわる暴走族を描いたスタイルは、1980年代の映画などに大きな影響を与えました。日本の漫画、北斗の拳もその一つです。

「マッドマックス/サンダードーム」は、1985年公開です。ティナ・ターナーを起用するなど、ハリウッドが大きく関わっています。カーアクションよりも、サンダードームと呼ばれる金網リングでの試合が見所です。

そして『マッドマックス/サンダードーム』以来、30年ぶりに公開された『マッドマックス』シリーズの第4作「マッドマックス 怒りのデス・ロード」。ほとんどCGを使わずに制作されています。私はIMAX3Dで観ました。凄まじい迫力です。一生ものの経験ができました。

世界大戦後、文明社会が壊滅した世界が舞台です。石油や水をめぐる戦いが行われています。ほとんどがカーアクション、カーバトルの中でドラマが進みます。力強い女性たちの描き方が、とても印象的です。

元警官のマックスは、過去に救えなかった人たちの幻覚と幻聴に苦しみながら、砂漠化した荒野をさまよっています。イモータン・ジョーが支配する武装集団にとらえられ、輸血利用に身体を拘束されます。ジョーの部隊を統率する女戦士・フュリオサ大隊長は、ジョーが出産目的に監禁していた5人の妻たち(ワイブス)をウォー・タンクに乗せて逃亡します。ジョーは改造車の大部隊で追跡します。マックスは「血液袋」として車に鎖で繋がれ、壮絶な戦いに巻き込まれます。

マックスを演じたのは、トム・ハーディ。弱さと強さが同居し、狂気をはらんだ危険な匂いを漂わせています。
女戦士・フュリオサ大隊長を演じたのは、なんとシャーリーズ・セロン。オイルまみれで坊主頭。眼光鋭い存在感はさすがです。

頭蓋骨のオブジェなど細部にまで徹底的にこだわり抜いたアート性、想像をはるかに超えるド派手なカーアクション、妥協のないバイオレンスの連続、絶望的な状況の中での濃厚な人間ドラマ。さまざまな驚きが詰まっていますが、中でも印象的なのが、トラックに取り付けられている火炎放射器付きのエレキギター。演奏しながら、爆走します。かっこいい上に、笑えます。

多くの作品の予告編は、美味しい場面だけをつないでいることが多いですが、この作品は全編が予告編並みのハイテンションです。必見です。

■「バケモノの子」
細田守監督の新作アニメです。今回は、原作・監督・脚本を担当しています。

細田監督は、2000年に「劇場版デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!」を監督して、注目を集めましたが、有名になったのは2006年の劇場アニメ「時をかける少女」を監督してからだと思います。
原作は筒井康隆の『時をかける少女』ですが、むしろ原作にオマージュをささげた別の作品といえます。時間を自由に行き来するタイム・リープというSF的な設定も、高校生の日常の範囲内で行われます。人類の歴史や未来という大きなテーマは、ささやかに添えられているだけです。でも、そこか魅力でもあります。
洗練された脚本と、映像編集のキレが調和して、とてもテンポの良い、それでいて余韻に満ちた展開でした。気持ちの良さは格別でした。間の取り方、緩急の付け方が絶妙なのです。

2009年の「サマーウォーズ」は、私の大好きな作品です。
大家族・親戚縁者が「仮想世界オズ」の危機に対して力を合わせて闘います。インターネットでつながった世界中の人たちとも力を合わせて世界を救います。美しい自然の季節感を背景に、登場人物一人一人の個性を際立たせながら、群像ドラマをきめ細やかに描き、リアルと仮想世界の人たちが協力して危機を乗り越える物語。手に汗握る闘いの後の、爽快感あふれるラストシーンも見事でした。

2012年の「おおかみこどもの雨と雪」では、独特の質感に驚きました。実写に近い緻密な自然描写と2次元のアニメ的な線画が出会います。ただ、ストーリーは物足りなかったです。
19歳の大学生・花が、おおかみおとこと恋に落ち、雪と雨というおおかみこどもの姉弟を生み、父親の急死にもめげずに2人を育てていきます。花は、子育てにすべてを捧げていきますが、母性ばかりが強調され、葛藤の表現が少な過ぎます。頼る人が皆無というのもなんか腑に落ちません。

3年ごとに新作を公開している細田監督。「バケモノの子」は、バケモノたちの世界にある都市・渋天街を舞台に親子の絆を描いた「冒険活劇」です。

9歳の少年・蓮は、両親の離婚で父親と離れて暮らし、母親も交通事故で急死してしまいます。両親がいなくなった蓮は親戚の家への引越しの最中に逃げ出し、渋谷の街をさまよいます。蓮は「熊徹(くまてつ)」と名乗る熊のような容姿をしたバケモノに出逢い、『強さ』を求めてそのバケモノを探しているうちに、バケモノの世界に入り込みます。

そこからテンポの良い物語が始まりますが、説明過剰な場面が目立ちます。強引な展開もいくつかあります。「バケモノ」たちは、それほど化け物っぽくありません。むしろ、人間の方がバケモノなのだということを表現したかったのでしょうが、いまいちうまく伝わっていないように思います。

「千と千尋の神隠し」を連想させるストーリーなど、全体に宮崎駿監督に対する複雑な屈折した思いが感じられます。映像表現の質は高いですが、完成度は疑問です。脚本は、ほかに任せた方が良いのではないかと思います。

■「チャイルド44 森に消えた子供たち」
2009年海外版第1位に輝いたイギリスの作家・トム・ロブ・スミス­の世界的ベストセラーの映画化です。52人を殺害したウクライナの猟奇殺人者チカチーロの事件をモデルにしていますが、時代設定を1950年代に変えています。リドリー・スコットの制作です。監督は『デンジャラス・ラン』のダニエル・エスピノーサです。

1953年、ソビエトで、子供たちの変死体が次々と発見されます。­山の間なのに死因は溺死です。しかし犯罪なき理想国家を掲げるスターリン体制下、すべては事故として処理されます。秘密警察の捜査­官レオは、親友の子供の死をきっかけに、真相の解明に乗り出しますが、捜査が進むにつれ、国家よって妨害され、妻がスパイとして告発されます。
主人公レオ役にトム・ハーディ。マッドマックスとは、違う魅力を見せます。俳優としては、こちらの作品の方が魅力的です。レオの捜査に協力する警察署長役はゲイリー・オールドマン。相変わらず、良い味を出しています。レオの妻ライーサ役のノオミ・ラパスも、毅然とした存在感を見せます。

絶望的な体制の中で、息苦しい物語が続きます。本当にやり切れなくなります。しかし、1930年年代に500万人が計画的に餓死させられたウクライナのホロドモール大飢饉が、猟奇殺人の背景として浮かび上がってきます。さらには、ナチスドイツの影も。これほどまでに、歴史の暗部を見せつける作品は、そうないと思います。深く打ちのめされます。


■「グローリー/明日への行進」
マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師を初めて映画化した作品です。俳優のブラッド・ピットらが製作を担当しています。じつは、ハリウッドは何度も映画化を試みてきましたが、いつも挫折してきました。今回はエヴァ・デュバーネイという若い黒人の女性監督によって、完成させることができました。キング牧師の演説を使うためには、遺族の許可が必要なので、あえて別な言葉に代えました。そしてキング牧師の弱さも描き、人間的なふくらみを持たせています。

アラバマ州セルマで1965年に起きた血の日曜日事件を題材に描いています。黒人の有権者登録妨害に抗議するため、600人がデモを始めます。ノーベル平和賞を受賞したキング牧師のリーダーシップでデモに集まった人々は、警官の一方的な暴力で鎮圧されます。その映像がテレビでアメリカ中に放送され、デモの参加者は急増していきます。この辺の展開は、感動的です。映画の主題歌「Glory」が、第87回アカデミー賞歌曲賞を受賞しています。

最近のアメリカの白人警官による黒人殺害のニュースを聞くと、50年前を描いた作品が、非常に今日的であることが分かります。

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2015.06.27

2015年6月の劇場映画評

「ジェームス・ブラウン~最高の魂(ソウル)を持つ男~」は、テイト・テイラー監督作品。ミック・ジャガーが製作を手がけました。伝説のソウルミュージシャン、ジェームス・ブラウンの半生を描いた映画です。

貧しい家に生まれ育ったジェームス・ブラウンは、両親に捨てられ、叔母に引き取られて、孤独な少年時代を送ります。軽い盗みで刑務所に入ったジェームスは、ゴスペルグループのボビー・バードと出会います。ボビーは、ジェームスの才能を見抜き、彼の保証人となります。

釈放されたジェームスとボビーはバンドを結成。ジェームスのたぐいまれな才能が開花します。ただ、自分勝手な振る舞いや派手な女性関係によって、仲間と対立し、ついには親友ボビーも彼のもとを去ってしまいます。

ソウルだけでなく、あらゆるジャンルの音楽に影響を及ぼしたジェームス・ブラウンは、音楽性だけでなく音楽興業の面でも先駆的でした。

映画は、凝った作りで、時間構成が入り組んでいたり、時折カメラ目線で語りかけたりします。ただ、そういう工夫がなくても、天才過ぎる音楽性、迫力満点のコンサート、想像を上回る逸話だけで、お腹いっぱいになるはずです。ジェームス・ブラウンを演じたチャドウィック・ボーズマンの熱演には、驚きました。

映画「チャッピー」の監督と脚本はニール・ブロムカンプ。2004年にブロムカンプ自身が製作したオリジナルのSF短編を長編映画化したものです。設定は2016年。「第9地区」と同じ南アフリカ・ヨハネスブルグを舞台にしています。成長する人工知能を持つ警察ロボットとギャングたちによる、どたばたコメディです。

ロボット開発者のディオンは、自ら考える人工知能を開発しています。ストリートギャングに持ち去られたロボットは、人工知能をインストールされます。チャッピーと名付けられて、ギャングの生き方を学び、成長していきます。

ディオンのライバルである科学者ヴィンセントは、この事実を突き止め、人工知能の危険性を強調し、チャッピーは追い詰められていきます。

ギャングに育てられる人工知能ロボットというアイデアは面白いですが、ストーリーが安直で、何よりも人工知能のイメージが、あまりに古くさいです。人工知能は、いま大きな変革が起きている分野です。社会を根底から変えていく存在になり始めています。人工知能をインターネットで検索すると、そのことが分かります。


「あの日の声を探して」は、フランス・グルジア合作映画です。第84回アカデミー賞受賞作「アーティスト」のミシェル・アザナビシウス監督が、戦争で両親を殺され、声を失った少年が懸命に生きる姿を描いた作品です。ウイットに富んだ「アーティスト」とは対照的な、かなり重いドラマです。

ナチスによって収容所に送られ、母親と生き別れた少年をアメリカ兵が助けるフレッド・ジンネマン監督の名作「山河遥かなり」(1947年)をもとに、舞台をロシアに侵攻された1999年のチェチェンに置き換えています。問題を普遍的にとらえようという監督の狙いは明かです。グルジアオールロケで、全編を手持ちカメラで撮影し、リアリティを追求しています。

両親を殺された9歳の少年ハジは、赤ん坊の弟を抱いて逃げますが、見知らぬ人の家の前に弟を置き、ひとり放浪します。フランスから調査にきたEU職員のキャロルと偶然に出会います。戦争を前にして無力さをかみしめる日々を送っていたキャロルは、ハジだけでも守ろうと決意します。

主人公・ハジ役のアブドゥル・カリム・ママツイエフは、オーディションで選ばれた演技未経験の少年ですが、とてもリアリティがあります。一方、ごく普通の青年がロシア兵として殺人兵器に変えられていく過程もリアルに描かれます。戦争を多面的にとらえようとしています。

「パレードへようこそ」は、イギリス映画。マシュー・ウォーチャス監督。
1984年サッチャー政権下のイギリスが舞台です。実話をもとにしています。炭坑閉鎖案に抗議して闘う炭坑労働者のストライキに共鳴し、支援を始めた同性愛者のグループは、多額の募金を集めます。しかし炭坑組合に寄付を申し出ても、ことごとく断られていました。ちょっとした勘違いから受け入れる炭坑組合が現れ、若き同性愛者グループはウェールズの炭坑を訪れます。炭坑の町は、同性愛者グループと交流しますが、支援を巡り対立も起きます。

炭坑閉鎖によって町が破壊されるかもしれないという深刻な状況の中でも、炭坑組合の人たちは快活です。前向きなおばさんたちのパワーが印象的でした。同性愛者グループも若さを発散させます。コメディのように笑わせて、最後に泣かせる佳作です。

撮影は実話の舞台となった町で行われました。全く異なる世界に生きる者どうしが奇跡的に出会い、深く交流した事実。感動的です。「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」で、イギリスの同性愛者差別の深刻さを知っていただけに、感動はさらに大きくなりました。

サッチャー政権下で合理化と闘うイギリスの労働者のしたたかな姿は、数々の名作映画を生み出していますが、この作品もその一つです。


河瀬直美監督の新作「あん」は、ドリアン助川の小説の映画化です。

桜の咲く公園のそばのどら焼き屋で、暗い過去を背負う千太郎は、毎日どら焼きを焼いています。ある日、徳江という手の不自由なおばあさんが現れ、働かせてほしいと頼みます。渡された手作りのあんを食べた彼はその美味しさに驚き、よく店を訪れる女子中学生ワカナのアドバイスで、雇うことにします。徳江は、50年間、あんを作り続けてきたと話します。

どら焼きの美味しさが評判になり、店は繁盛します。しかし徳江がハンセン病であったという噂が広まり、客足は途絶えます。それを察した徳江はひっそりと店を辞めます。千太郎はワカナとともに、隔離施設を訪ね、徳江と再会します。

ドキュメンタリーのように、派手な作為を感じさせない映像ですが、じんわりとしみ込んでくる作品です。

身近な自然と心を通わせ、あずきと対話しながら美味しい「あん」を作り上げる徳江。樹木希林は、自然体に見えて人間を超越したところのある人物を絶妙に演じています。女子中学生ワカナを演じたのは、樹木希林の孫の内田伽羅。まだ原石ながら、確かな存在感がありました。千太郎役の永瀬正敏は、相変わらず手堅い演技をしています。

「駆込み女と駆出し男」。なかなかうまい題名です。
原田眞人監督が、井上ひさしが晩年に11年をかけて執筆した時代小説「東慶寺花だより」を原案として、初めて時代劇に取り組みました。テンポがよく、コミカルで、それでいて厚みのある作品に仕上がっています。

江戸時代、幕府公認の縁切寺として名高い東慶寺には、複雑な事情を抱えた女たちが離縁を求め駆け込みました。女たちの聞き取り調査を行う宿に居候する医者見習いで戯作者志望の信次郎は、女たちの再出発を助けようと奮闘します。信次郎役の大泉洋は、まさに、はまり役でした。寺に駆け込むヒロイン役は戸田恵梨香、満島ひかり。

戸田恵梨香は、近年めきめき成長している女優です。
満島ひかりの存在感溢れる演技と互角に対応しています。なかなか見応えがありました。
宝塚出身の陽月華は、縁切り寺の院代の役で、凜とした演技が光りました。

原作では男役の離婚調停人・源兵衛を演じたのは、原田監督の希望でオファーされた樹木希林です。軽妙に演じています。撮影所で一緒になった俳優の橋爪功に「あんた、男の役もやるようになったのか。僕らの役を取らないでくれよ」と、言われたらしいです。

井上ひさしの小説では曖昧な時代背景を、天保の改革の真っただ中の天保十二年(1841)に設定しています。抑圧的な政策が相次いだ時代です。

原田監督は「政府が強権発動したりするという意味で、今は天保の改革の頃と似ている。本作では、そのような権力と戦う一般の人たちの心意気を描きたかった。そうした状況の中で虐げられた者たちが連帯し、それぞれが幸せをつかんでいくという話にしたかった」と話しています。骨太な作品の多い原田監督らしい姿勢です。
ぜひ続編を制作してほしいと思います。

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2015.05.23

「セッション」

28歳のデイミアン・チャゼル監督は、長編2作目で「セッション」を作り上げました。2014年の第30回サンダンス映画祭でグランプリと観客賞を受賞しました。

プロのジャズドラマーを目指して名門の音楽学校に入ったニーマンは、伝説の教師と言われるフレッチャーの指導を受けます。フレッチャーはニーマンを口汚くののしり、レッスンは壮絶なシゴキになっていきます。J・K・シモンズがフレッチャーを怪演しています。戦慄に果てに笑いが訪れるという演技の高みに達しています。

フレッチャーの理不尽なシゴキが天才をつくるという信念は間違いです。偶然1人の天才が誕生するかもしれませんが、100人の天才の芽をつぶします。さらに音楽を深く愛しているかに見えたフレッチャーが、コンサートで音楽を使って復讐しようとする場面では、その卑劣さに唖然とします。音楽関係者が、憤慨するのは分かります。私も、あまりのことに怒りを覚えました。

しかし、そんな卑劣さ動機によって始まった演奏シーンは、とんでもない名演奏を生み出します。フレッチャーとニーマンは、その高みを共有します。芸術の魔法です。この作品は、そんな奇跡的な場面を描くために生まれました。

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「神々のたそがれ」

「神々のたそがれ」は、ロシアの巨匠アレクセイ・ゲルマン監督の遺作です。アンドレイ・タルコフスキー監督作「ストーカー」の原作者として有名なストルガツキー兄弟のSF小説「神様はつらい」を15年の歳月を費やして映画化しました。実際には、完成間近で監督が死去し、脚本家の妻のスヴェトラーナ・カルマリータと息子で映画監督のアレクセイ・ゲルマンJr.が完成させました。

ゲルマン監督は、ストルガツキー兄弟が1964年に発表した「神様はつらい」刊行直後に映画化を考え、1968年には脚本第一稿を書き上げていました。しかし同年8月に起きた「チェコ事件」で企画を中断。約35年後の2000年に撮影に着手し、2006年にすべての素材を撮り終え、編集に時間をかけていました。

地球よりも800年発展が遅れた惑星を調査するため、30人の学者たちが派遣されます。惑星では文明の発展を拒むように圧政や虐殺、知識人の抹殺が繰り返されています。地球の学者たちは傍観していましたが、ドン・ルマータは行動に出ます。

ゲルマン監督は、猥雑の限りを尽くすように映像を汚物で満たします。177分の映像を見ると、哲学者ウンベルト・エーコが「アレクセイ・ゲルマンに比べればタランティーノの映画は、ただのディズニー映画だ」と言った意味が分かります。
浅田彰は「たんに見るべき映画ではなく、全感覚で体験すべき映画なのだ。ラブレーやブリューゲルの世界に身体ごと放り込まれたかのように」と強調しています。

邦題の「神々のたそがれ」は、ワーグナーからの連想でしょうが、原題は「Hard to Be a God」と単数なので「神は疲れる」で良かったと思います。この地球にも宇宙人が来ていて、血なまぐさい現代に疲れているかもしれません。この映画を見終わると観客もかなり疲れます。

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「海にかかる霧」

「海にかかる霧」は、「殺人の追憶」の脚本を担当したシム・ソンボが監督デビューした作品です。「殺人の追憶」は、実際の未解決殺人事件をテーマした衝撃的な作品でしたが、この映画も2001年に実際に起こった「テチャン号事件」をもとにしています。舞台劇「海霧(ヘム)」を映画化しました。あっと驚く、すさまじい展開を見せます。

漁船チョンジン号の船長チョルジュは、中国人の密航者を乗船させるという違法な仕事に手を染めます。深刻な不況が背景にあります。密航船と合流して、密航者を陸まで運ぶという簡単な仕事のはずでした。しかし、不運が重なり極限的な状態に追い詰められます。

極限状態の中で、人間はどのように変貌するのか。欲望と狂気が露わになります。映像の緊迫感は、尋常ではありません。俳優の熱演とカメラワークの巧みさが、壮絶な世界を生み出します。見終わって、しばし放心状態になります。

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「妻への家路」

「妻への家路」は、チャン・イーモウ監督の記念すべき20作目です。女優コン・リーを8年ぶりに迎え、文化大革命で引き裂かれた夫婦の絆を描いた物語です。1977年に、文化大革命が終わり、収容所から解放されたルー・イエンチーは、妻のフォン・ワンイーと再会しますが、ワンイーは心労から記憶障害となり、イエンチーを夫だと認識することができなくなっています。イエンチーは、妻の記憶を戻そうと、努力を続けます。

文化大革命の理不尽さを描いた、痛烈な体制批判の作品ですが、老練な監督は、巧みな演出で作品を仕上げます。夫が受けた拷問は描かれません。妻が受けた暴行も描かれません。派手な演出はしていませんが、脱走して逢いにきた父を娘が党に密告する場面は、胸に迫ります。

中国では、若い人向けの娯楽的な作品が多いそうですが、チャン・イーモウ監督はそんな現状の中で歴史を夫婦の絆というかたちで描きます。激動の時代を生き抜いてきた監督の思いが心にしみます。

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