■2015年7月映画評「マッドマックス 怒りのデス・ロード」「バケモノの子」「チャイルド44 森に消えた子供たち」「グローリー/明日への行進」
■「マッドマックス 怒りのデス・ロード」
オーストラリアの映画です。2012年7月から12月までアフリカのナミビアで撮影されました。「マッドマックス」最新作です。
「マッドマックス」の第1作は、1979年公開のオーストラリアのアクション映画でした。低予算映画で、予算のほとんどを車の改造に費やしました。「制作費と興行収入の差が最も大きい映画」として、『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』に抜かれるまではギネスブックに掲載されていたほどです。
監督のジョージ・ミラーと主演のメル・ギブソンの出世作です。メル・ギブソンは当時演劇学校に通う学生でした。
オーストラリアでの公開後に日本で上映し、日本で好評だったことが、全世界に売り込む足がかりとなったという話は、有名です。ジョージ・ミラー監督は「35年前に『マッドマックス』を一番最初に受け止めてくれたのは日本のファン」と話しています。
警官マックス・ロカタンスキーは、暴走族で警官殺しの凶悪犯ナイトライダーを追跡していましたが、ナイトライダーは運転を誤って死亡します。マックスは、ナイトライダーの復讐を目指す暴走族から命を狙われます。家族と共に旅行に出ますが、暴走族に見つかり、妻子が殺害されます。マックスは、復讐を誓います。
「マッドマックス2」は、1981年公開です。前作のヒットを受け、約10倍の費用をかけて製作されました。製作費の大部分は、やはりマシーンの改造費に当てられました。
前作の直後に世界大戦により文明は崩壊したという設定です。戦争による油田破壊で石油が枯渇し、凶悪な暴走族が石油の争奪戦が繰り返しています。マックスは、改造車に乗り暴走族を倒しながら、荒野を旅しています。
世界大戦後の荒廃した世界設定、暴れまわる暴走族を描いたスタイルは、1980年代の映画などに大きな影響を与えました。日本の漫画、北斗の拳もその一つです。
「マッドマックス/サンダードーム」は、1985年公開です。ティナ・ターナーを起用するなど、ハリウッドが大きく関わっています。カーアクションよりも、サンダードームと呼ばれる金網リングでの試合が見所です。
そして『マッドマックス/サンダードーム』以来、30年ぶりに公開された『マッドマックス』シリーズの第4作「マッドマックス 怒りのデス・ロード」。ほとんどCGを使わずに制作されています。私はIMAX3Dで観ました。凄まじい迫力です。一生ものの経験ができました。
世界大戦後、文明社会が壊滅した世界が舞台です。石油や水をめぐる戦いが行われています。ほとんどがカーアクション、カーバトルの中でドラマが進みます。力強い女性たちの描き方が、とても印象的です。
元警官のマックスは、過去に救えなかった人たちの幻覚と幻聴に苦しみながら、砂漠化した荒野をさまよっています。イモータン・ジョーが支配する武装集団にとらえられ、輸血利用に身体を拘束されます。ジョーの部隊を統率する女戦士・フュリオサ大隊長は、ジョーが出産目的に監禁していた5人の妻たち(ワイブス)をウォー・タンクに乗せて逃亡します。ジョーは改造車の大部隊で追跡します。マックスは「血液袋」として車に鎖で繋がれ、壮絶な戦いに巻き込まれます。
マックスを演じたのは、トム・ハーディ。弱さと強さが同居し、狂気をはらんだ危険な匂いを漂わせています。
女戦士・フュリオサ大隊長を演じたのは、なんとシャーリーズ・セロン。オイルまみれで坊主頭。眼光鋭い存在感はさすがです。
頭蓋骨のオブジェなど細部にまで徹底的にこだわり抜いたアート性、想像をはるかに超えるド派手なカーアクション、妥協のないバイオレンスの連続、絶望的な状況の中での濃厚な人間ドラマ。さまざまな驚きが詰まっていますが、中でも印象的なのが、トラックに取り付けられている火炎放射器付きのエレキギター。演奏しながら、爆走します。かっこいい上に、笑えます。
多くの作品の予告編は、美味しい場面だけをつないでいることが多いですが、この作品は全編が予告編並みのハイテンションです。必見です。
■「バケモノの子」
細田守監督の新作アニメです。今回は、原作・監督・脚本を担当しています。
細田監督は、2000年に「劇場版デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!」を監督して、注目を集めましたが、有名になったのは2006年の劇場アニメ「時をかける少女」を監督してからだと思います。
原作は筒井康隆の『時をかける少女』ですが、むしろ原作にオマージュをささげた別の作品といえます。時間を自由に行き来するタイム・リープというSF的な設定も、高校生の日常の範囲内で行われます。人類の歴史や未来という大きなテーマは、ささやかに添えられているだけです。でも、そこか魅力でもあります。
洗練された脚本と、映像編集のキレが調和して、とてもテンポの良い、それでいて余韻に満ちた展開でした。気持ちの良さは格別でした。間の取り方、緩急の付け方が絶妙なのです。
2009年の「サマーウォーズ」は、私の大好きな作品です。
大家族・親戚縁者が「仮想世界オズ」の危機に対して力を合わせて闘います。インターネットでつながった世界中の人たちとも力を合わせて世界を救います。美しい自然の季節感を背景に、登場人物一人一人の個性を際立たせながら、群像ドラマをきめ細やかに描き、リアルと仮想世界の人たちが協力して危機を乗り越える物語。手に汗握る闘いの後の、爽快感あふれるラストシーンも見事でした。
2012年の「おおかみこどもの雨と雪」では、独特の質感に驚きました。実写に近い緻密な自然描写と2次元のアニメ的な線画が出会います。ただ、ストーリーは物足りなかったです。
19歳の大学生・花が、おおかみおとこと恋に落ち、雪と雨というおおかみこどもの姉弟を生み、父親の急死にもめげずに2人を育てていきます。花は、子育てにすべてを捧げていきますが、母性ばかりが強調され、葛藤の表現が少な過ぎます。頼る人が皆無というのもなんか腑に落ちません。
3年ごとに新作を公開している細田監督。「バケモノの子」は、バケモノたちの世界にある都市・渋天街を舞台に親子の絆を描いた「冒険活劇」です。
9歳の少年・蓮は、両親の離婚で父親と離れて暮らし、母親も交通事故で急死してしまいます。両親がいなくなった蓮は親戚の家への引越しの最中に逃げ出し、渋谷の街をさまよいます。蓮は「熊徹(くまてつ)」と名乗る熊のような容姿をしたバケモノに出逢い、『強さ』を求めてそのバケモノを探しているうちに、バケモノの世界に入り込みます。
そこからテンポの良い物語が始まりますが、説明過剰な場面が目立ちます。強引な展開もいくつかあります。「バケモノ」たちは、それほど化け物っぽくありません。むしろ、人間の方がバケモノなのだということを表現したかったのでしょうが、いまいちうまく伝わっていないように思います。
「千と千尋の神隠し」を連想させるストーリーなど、全体に宮崎駿監督に対する複雑な屈折した思いが感じられます。映像表現の質は高いですが、完成度は疑問です。脚本は、ほかに任せた方が良いのではないかと思います。
■「チャイルド44 森に消えた子供たち」
2009年海外版第1位に輝いたイギリスの作家・トム・ロブ・スミスの世界的ベストセラーの映画化です。52人を殺害したウクライナの猟奇殺人者チカチーロの事件をモデルにしていますが、時代設定を1950年代に変えています。リドリー・スコットの制作です。監督は『デンジャラス・ラン』のダニエル・エスピノーサです。
1953年、ソビエトで、子供たちの変死体が次々と発見されます。山の間なのに死因は溺死です。しかし犯罪なき理想国家を掲げるスターリン体制下、すべては事故として処理されます。秘密警察の捜査官レオは、親友の子供の死をきっかけに、真相の解明に乗り出しますが、捜査が進むにつれ、国家よって妨害され、妻がスパイとして告発されます。
主人公レオ役にトム・ハーディ。マッドマックスとは、違う魅力を見せます。俳優としては、こちらの作品の方が魅力的です。レオの捜査に協力する警察署長役はゲイリー・オールドマン。相変わらず、良い味を出しています。レオの妻ライーサ役のノオミ・ラパスも、毅然とした存在感を見せます。
絶望的な体制の中で、息苦しい物語が続きます。本当にやり切れなくなります。しかし、1930年年代に500万人が計画的に餓死させられたウクライナのホロドモール大飢饉が、猟奇殺人の背景として浮かび上がってきます。さらには、ナチスドイツの影も。これほどまでに、歴史の暗部を見せつける作品は、そうないと思います。深く打ちのめされます。
■「グローリー/明日への行進」
マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師を初めて映画化した作品です。俳優のブラッド・ピットらが製作を担当しています。じつは、ハリウッドは何度も映画化を試みてきましたが、いつも挫折してきました。今回はエヴァ・デュバーネイという若い黒人の女性監督によって、完成させることができました。キング牧師の演説を使うためには、遺族の許可が必要なので、あえて別な言葉に代えました。そしてキング牧師の弱さも描き、人間的なふくらみを持たせています。
アラバマ州セルマで1965年に起きた血の日曜日事件を題材に描いています。黒人の有権者登録妨害に抗議するため、600人がデモを始めます。ノーベル平和賞を受賞したキング牧師のリーダーシップでデモに集まった人々は、警官の一方的な暴力で鎮圧されます。その映像がテレビでアメリカ中に放送され、デモの参加者は急増していきます。この辺の展開は、感動的です。映画の主題歌「Glory」が、第87回アカデミー賞歌曲賞を受賞しています。
最近のアメリカの白人警官による黒人殺害のニュースを聞くと、50年前を描いた作品が、非常に今日的であることが分かります。
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