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2012.07.17

■映画「ニーチェの馬」という体験

ハンガリーのタル・ベーラ監督の「ニーチェの馬」を観たというよりも体験して、どう言葉にして良いか迷っていました。映画の持つ強い力を実感させられますが、劇場でフイルムで観なければ伝わらない作品です。映画の原点に連れて行かれ、打ちのめされる、モノクローム作品です。

ムチに打たれ疲れ果てた馬の首を抱きしめた後に精神が崩壊したという哲学者ニーチェの話は有名です。しかし、そこから馬のその後を描くという「ニーチェの馬」の発想は、驚くほど斬新な発想です。しかも、人生の困難さをとらえかえすというテーマに直結していきます。

馬は、初老の男とその娘とともに淡々と生きています。馬は、食事をしなくなり、働かなくなります。日常が次第に崩壊していきます。起床、着替え、食事、馬の世話、就寝。単純な繰り返しに見える生活を長回しで映し続けます。それが、とてつもなく新鮮に写ります。

6日間が過ぎ、世界は静かに破局を迎えます。闇に包まれる中、初老の男は絶望した娘にじゃがいもを食べるように促します。タル・ベーラ監督は従来の映画の派手な終末に対して「本当の終末というのはもっと静かな物であると思う」と話しています。日本の現状を思い、ぞっとしました。

34年間の映画人生を振り返りタル・ベーラ監督は、「ニーチェの馬」が最後の作品と語ります。「自分の仕事は終わったと感じている。言いたいことはすべて語りつくした。これが、最後の言葉。人生はどう終わるのかについて触れる映画を作りたかった」。それは、かつてない力で迫ってきます。

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