« ■「テルマエ・ロマエ」、阿部寛がローマ人ルシウスそっくり! | トップページ | ■アニメ「グスコーブドリの伝記」。とても丁寧につくられていますが、心にしみてきません »

2012.07.05

■12012年6月映画評


★「劇場版 BLOOD-C The Last Dark」

塩谷直義(しおたに・なおよし)監督。テレビアニメ「BLOOD-C」に続いて、劇場公開されました。独立したストーリー展開ですが、人間関係がテレビアニメを引き継いでいるので、テレビ版を観てからの方が、内容を理解しやすいです。

冒頭の10分間は、息をのむほどにキレのある映像です。第1作「BLOOD LAST VAMPIRE」(2000年)を意識した地下鉄のシーンには、監督の才能が遺憾なく発揮されています。研ぎすまされた美意識を感じます。

テレビアニメの能天気な小夜(さや)とは、まったく異なる孤高小夜の声優を務めた水樹奈々は、さすがの貫禄。「貞子3D」 の貞子役で注目されている橋本愛は、声優に初挑戦していますが、やや浮いていました。

東京を支配する七原文人(ななはら・ふみと)への、小夜の復讐劇のスタイルを取っています。荒唐無稽な展開の限りを尽くし「茶番」「悪趣味」と酷評されたテレビ版の謎を、必死に解き明かしていく内容です。

東京都で強引に可決された青少年育成保護条例によって、未成年者への厳格な規制・制限が敷かれているという設定です。正面から現実の条例批判を展開していることに驚きました。

エンドロールで「助成 文化庁」の文字に、失笑が起こりました。しかしBLOODは、すでに国際的なブランドです。文化振興政策として2011年から行っている国際共同製作映画支援事業で、初年度の製作支援の対象作品の1つに選ばれました。制作経費5000万円が支払われています。

2011年7月から9月にかけて全12話でテレビ放送されたアニメ「BLOOD-C 」についても、少し説明しましょう。「BLOODシリーズ」『BLOOD THE LAST VAMPIRE』『BLOOD+』に次ぐ3作目です。「小夜という少女が日本刀で怪物を倒す」という基本設定を生かすというゆるいシリーズですが、名作の呼び名が高いシリーズをぶちこわす展開になります。

学園を主要な舞台に、昼間は学生たちの他愛のない日常が描かれ、深夜には小夜が「古きもの」と呼ばれる怪物たちと血みどろの闘いを展開します。そのコントラストが新鮮でした。夜には、スプラッターと呼べるほど、たくさんの血が流れます。

中盤になると、怪物たちは学園を襲い、小夜の同級生たちが次々に犠牲になっていきます。そして、「悪趣味」と表現される想像を絶するどんでん返しが待っています。「撲殺天使ドクロちゃん」「大魔法峠」を生み出した水島努監督の本領が発揮されています。

「BLOOD-C 」には、カフェ「ギモーブ」で小夜がコーヒーを飲むシーンが繰り返されます。ここに、大きな謎が隠されています。そして、ギモーブというフランスのマシュマロが登場します。とても美味しいのですが、とんでもない食感の象徴であることが分かります。

★「11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち」
若松孝二監督が、1970年11月25日に防衛庁内で割腹自殺した三島由紀夫と「盾の会」に参加した若者たちを描いた作品です。見終わって複雑な気持ちになりました。底の浅い作品です。

三島由紀夫の割腹自殺を描くこと自体が、タブーへの挑戦なのかもしれませんが、それだけならあまりにも作品として弱いでしょう。監督自身の立場性があいまいな点も、作品を弱くしています。今なぜ、この作品をつくるのか疑問に思います。

1970年前後の「熱い時代」を映画として蘇らせようとしているのでしょうか。しかし、三島由紀夫の複雑な葛藤を掘り下げるのではなく、あの時代の人たちは純粋で熱かったと単純化し、美化することに何の意味があるのでしょう。

三島由紀夫が死ぬ直前に書いた「私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。このまま行ったら「日本」はなくなってしまうのではないかという感を日ましに深くする。日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであろう。」という彼の深い絶望を抜きに、あの行動について語ることはできません。

私は、この一見当たっているかに見える予言は、的外れだと思います。インターネットでさまざまな情報に触れることができるようになり、現代の日本文化の独創性や豊穣さを知りました。そして、そこに希望があると確信しています。


★「裏切りのサーカス」。
スパイ小説の作家ジョン・ル・カレの代表作を、トーマス・アルフレッドソンが監督、ゲイリー・オールドマンが主演しています。ほかの俳優たちも、渋くて良かったですが、オールドマンの格好良さは突出していました。彼のための映画です。

「裏切りのサーカス」は、東西冷戦時代が舞台です。イギリス(MI6、通称サーカス)とソ連の諜報機関(KGB)が、情報戦を繰り広げていました。スマイリーは、サーカス内部の二重スパイ「もぐら」を探します。複雑な人間関係が、巧みに解かれていきます。

スタイリッシュに見えながら、一筋縄ではいかない、なかなか意地悪な作品です。というか、その意地の悪さも含めて楽しむタイプの作品です。主人公が、ときたま水泳をしている水が、異様に濁っているのは、作品全体の象徴なのでしょうか。

ストーリーは、一見地味に見えますが、結構、人がたくさん死にます。しかし、その見せ方は、ハリウッド映画とは全く違います。派手な演出はありませんが、かなり「えぐい」です。冷え冷えとして、リアルです。長く脳裏に張り付いて消えません。


★「スノーホワイト」
グリム童話の「白雪姫」をモチーフにしたアクション映画。CMディレクターでもあるルパート・サンダース監督の長編デビュー作です。主人公スノーホワイトは、「トワイライト・サーガ」シリーズのクリステン・スチュワートが演じています。既存のイメージを打ち破るタフな白雪姫です。

悪魔の女王を演じているのは、シャーリーズ・セロン。その存在感は見事です。美貌を最大限に生かしながら、老いていく変化を際立たせています。悪魔にならざるを得なかった幼いころの悲劇も描かれ、スノーホワイトよりも人物造形に厚みがあります。

人物造形で一番面白かったのは、小人たちです。くせ者で、あまりにもアクの強い姿で登場したので、とても驚きました。しかし、なかなかの名優ぞろいです。CG処理も見事です。最後は、スノーホワイトを助けるために、とても重要な働きをします。

ダークな「白雪姫」を目指していますが、ひねりが少なくストーリーの弱さは否定できません。ただ、映像の力によって、飽きることなく見続けることはできます。最後は、ハリウッド・アクション映画の定番の肉弾戦になりますが、「白雪姫」では、さすがに無理が目立ちます。不自然過ぎます。

★「ミッドナイト・イン・パリ」。
ウディ・アレンが脚本と監督を務め、第84回アカデミー賞で脚本賞を受賞しました。ウイットに富んだ会話が交わされ、夢のような世界に引き込まれていきます。メリハリのあるロマンチックで、ちょっとほろ苦い、素敵なコメディです。

映画脚本家でありながら処女小説の執筆に悪戦苦闘しているギル・ペンダーは、婚約者のイネスとともに、パリを訪れますギルはパリに憧れ、パリに住みたいと考えていますが、イネスはマリブに住むと言います。ふたりは、すれ違い気味です。

ギルが酒に酔って歩いていると、アンティークカーが止まり、1920年代風の格好をした男女がギルをパーティに誘います。パーティには、ジャン・コクトー、コール・ポーター、F・スコット・フィッツジェラルドと妻ゼルダがいます。彼が愛する1920年代に来たのでした。

次の夜には、ヘミングウェイ、パブロ・ピカソと出会います。そして、ギルはアドリアナを好きになります。ギルは悩みますが、ルイス・ブニュエルとマン・レイは、彼の気持ちに理解を示します。エイドリアン・ブロディがダリ役で登場したのには笑いました。

1920年代のアドリアナは、もっと過去の時代を愛しています。その時代にいくと、そこの人たちは、さらに過去の時代を愛しています。過去を美化してしまいがちな私たちを、そっと指摘しながら、映画は美しいパリの雨の中に静かに消えていきます。


|

« ■「テルマエ・ロマエ」、阿部寛がローマ人ルシウスそっくり! | トップページ | ■アニメ「グスコーブドリの伝記」。とても丁寧につくられていますが、心にしみてきません »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/1152/55128667

この記事へのトラックバック一覧です: ■12012年6月映画評:

« ■「テルマエ・ロマエ」、阿部寛がローマ人ルシウスそっくり! | トップページ | ■アニメ「グスコーブドリの伝記」。とても丁寧につくられていますが、心にしみてきません »