■クラークシアター2011報告
クラークシアター2011が、2011年11月2日~11月6日、北海道大学クラーク会館 講堂 (札幌市北区北8条西8丁目)で開かれました。今年はSAPPOROショートフェストと連携して、ノミネートされた学生作品のプログラムを組んだほか、東京芸大の優れたアニメを特集するなど、魅力的なプログラムでした。
これは映画祭実行委の責任ではないのですが、クラーク会館講堂の設備が古く、機材トラブルが起こって、たびたび上映時間が変更になりました。また、暖房が故障し会場はかなり寒い時もありました。北海道大学も元気プロジェクトとして評価しているのですから、会場設備の整備についても配慮が必要だと思います。良好な上映環境があってこそ、地域に開かれた映画祭として支持されていくと思います。とても素晴らしい映画祭なので、期待しています。
SAPPOROショートフェスト2011にノミネートされた学生作品をセレクトしたプログラムは、グランプリを獲得したヤン・ヒョジョ監督の「ブロークン・ナイト」など、とてもハイレベルな作品が並びました。「ヘザルフェン」「レインタウン」と、アニメも含め、完成度がとても高いです。もう、学生作品と一般作品のレベルの違いはなくなっていると思います。ただ、やはり学生はあらけずりでも独創的な試みをしてもらいたいです。
その点、東京芸大のアニメ作品は、作家性、独創性が全面に出ていて、面白かったです。14作品を集めたプログラムでは、風船ガムをかむのが好きな小学生を描いた「くちゃお」が突出していました。楽しく、ダイナミックに踊る映像にくぎづけになりました。「いないいないばあば」は、懐かしいノイズに満ちたユニークな質感が、とても印象的でした。白石慶子(しらいし・けいこ)監督とは、Twitterを通じて交流しました。「CGやフィルム制作をして行き着いた質感です」と教えてくれました。「さまよう心臓」と「指を盗んだ女」は、ハイレベルのホラーでした。そのほか、どの作品も、本当に個性的で突き抜けています。人によって好きな作品が違ってくるような多様性に満ちた作品のセレクトでした。
「次世代を担う学生の実力」と題したオープニング上映でも、東京芸大のアニメが選ばれていました。モリシタトヨミ監督の「Flowers」は、柔らかな変化が心地よい作品でした。モリシタトヨミ監督とは、Twitterのほか、オープニング上映後のレセプションでもお話ししました。東京芸大のアニメプログラムをコーディネートした人でもあります。
マヤ・デレン特集は、素晴らしかったです。マヤ・デレンは、ハリウッド映画とは別のスタイルの映像表現を開拓した女性監督です。44歳で亡くなるまでに6本の映画作品を完成。後世に、大きな影響を残しました。
マヤ・デレンは、 1917年、ロシア革命の年にキエフのユダヤ人精神科医の元に生まれました。マヤが9歳の時にアメリカに移住。大学ではジャーナリズムや政治学を専攻します。黒人舞踊家キャサリン・ダンハムと出会い、興味はダンスと人類学へ向かいます。アメリカ西海岸でチェコからの亡命中の映像作家アレクサンダー・ハミッドと出会い結婚。翌1943年、マヤが26歳の時に二人の共同で『午後の網目』を制作し、カンヌ映画祭で実験部門のグランプリを獲得します。
マヤ・デレンのドキュメンタリー映画「鏡の中のマヤ・デレン」を観ましが、たくさんの発見がありました。敬愛するスタン・ブラッケージ監督との深いつながりも知ることができました。ブラッケージは、2000年にマヤ・デレンに捧げる『Water for Maya』を制作しています。
今年の映画祭のメイン企画といえるのは、新海誠監督の「星を追う子ども」上映とトークです。500席が、ほぼ埋まっていました。新海監督の人気は、そうとうです。
新海誠監督は、2002年にパソコンを使って1人で製作した「ほしのこえ」で「第1回新世紀東京国際アニメフェア21(いまの東京国際アニメフェア)」一般公募部門の優秀賞を獲得しました。たった1人でアニメを製作し、認められたことで、多くの若者に希望を与えました。その影響の大きさは、高く評価しなくてはなりません。しかし、彼はメジャーになり、共同で普通のアニメをつくり始めます。
今年公開された「星を追う子ども」は、とても丁寧につくられています。ただ、作品的には、ジブリのまねという感じがします。ジブリ風の映像はともかく、肝心のストーリーに説得力がありません。これまでの新海作品の切なさという魅力がありません。大きなマーケットを狙ったのでしょうが、作品的には面白みの少ない出来だと思います。
上映後のトークで、どのように作品をつくっていくのか、具体的に説明され、膨大な絵コンテを見ることができました。そういう意味では、貴重な経験でした。
あらためて「観た恋するトマト」は傑作ですね。日本の農村の後継者難など、日本とフィリピンが抱える深刻な問題を描いています。 2005年の劇場公開ですが、時間が経つほど輝きを増しました。 企画・脚本・製作総指揮・主演を、大地康雄さんが務めました。 上映後の大地康雄さんのトークショーも充実していました。
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コメント
You're on top of the game. Thanks for sahrnig.
投稿: Jeanette | 2011.12.08 21:54
Cool! That's a clever way of looknig at it!
投稿: Vinnie | 2011.12.08 13:14