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2011.04.24

2011年2月映画評

■「ソーシャル・ネットワーク」
今話題の「Facebook」の始まりを描いた作品です。ゴールデン・グローブ賞で最多の4冠を受賞しています。成功美談でも、生々しい人間ドラマでもなく、情熱に満ちた不器用な青年たちの姿を描いています。さまざまな人たちがぶつかり合いながら、歴史を作っていく感触が伝わってきます。きれいごとではない野心や感情のぶつかり合い、人間関係がハイスピードで描かれています。

世界最大のソーシャルネットワーク「Facebook」の創設者マーク・ザッカーバーグの半生をドラマチックに描くデビッド・フィンチャー監督の作品と聞けば、派手なぶつかり合いを想像しますが、関係者たちの対立は多面的な視点から抑制的に描かれます。そして小さな謎を残したまま終わります。

映画は、マークに対するかつての仲間や関係者たちの訴訟と証言を中心にしています。成功報酬をめぐる薄汚い対立のように見えますが、その証言を通じて、ひたむきな青年たちの生き様が浮かび上がってきます。欠点を持ちながらも、前向きな姿が印象に残ります。

音楽ファイル共有サイト「ナップスター」創設者のショーン・パーカーが、野望に満ちた悪役として登場します。しかし、彼のグローバルな長期的な視点がなければ、「Facebook」を今の世界的な規模にすることはできなかったと思います。この点は重要です。

別れた彼女にFacebookで「友達申請」して返事を待つラストシーン。孤独感がひしひしと伝わってきます。世界中の人たちをつなぐソーシャルメディアを作り上げた人が、孤独であるという皮肉。でも、そのエネルギー、情熱が確実に歴史を切り開いていきます。Facebookをどう活かしていくか。その先を進めるのは、私たち一人一人だと思います。

映画の後半、「Facebook」の登録者が100万人を超えて盛大なパーティが開かれます。喜び合うスタッフ。映画では5億人の登録者がいると説明していますが、今では世界で6億人以上の登録者がいます。驚くべきことです。日本でも、無視できない存在になるでしょう。

■「キック・アス」
従来のアメコミ映画のぬるさをぬぐい去った、軽快なコメディと容赦のないバイオレンス表現が混ざりあった傑作です。全米で大ヒットしたにもかかわらず、過激な表現に腰が引けて日本公開がなかなか決まりませんでした。日本公開されて嬉しいです。日本でもヒットしました。
 マシュー・ヴォーン監督は、まずソニーと契約して製作費を捻出しようとしましたが、バイオレンス描写を弱めるよう要求をされたため断念。他のスタジオも興味を示しましたが、キャラクター設定の変更を求められたため、結局ヴォーン監督が自分で製作費を調達して完成しました。つまり自主映画。じつに天晴です!!。

題名の「キック・アス」は、コミックのスーパーヒーローに憧れるギークがネットで買ったコスプレ・スーツを着て活動し、見物人から撮影されたときに名乗った名前です。その動画はYouTubeにアップされて話題になります。でも、普通の青年です。この映画の本当の主人公は、別にいます。

「キック・アス」の本当の主人公は、ヒット・ガールです。素晴らしい戦闘能力を持つ11歳の美少女。クロエ・モレッツが、放送禁止用語を連発しながら、キュートに熱演しています。彼女を訓練した父親ビッグ・ダディとともに、喜々として悪人たちを殺し回ります。善悪は別にして、痛快です。

クロエ・モレッツは、ヒット・ガールを原則スタントなしでこなすために、約7カ月間トレーニングを続けました。アンジェリーナ・ジョリーのアクションを研究にしたそうです。あらゆる武器を駆使して戦うシーンの9割は、彼女自身が演じています。

ビッグ・ダディ役は、ニコラス・ケイジ。彼は、自分の子にスーパーマンの本名の名前をつけているほどのアメコミ好きです。そのコスチュームは、バットマンへのオマージュたっぷり。演技も締っていてなかなか好感が持てました。

「キック・アス」は、続編の制作が決まっています。マシュー・ヴォーン監督は、現在「X-MEN: First Class」の監督を務めていますが、2011年後半に続編に取りかかり、2012年の公開を目指しています。ただ、少女クロエ・モレッツが、どんどん女性になっていくのが心配です。

■「スプライス」
 SF映画です。「スプライス」は、ヴィンチェンゾ・ナタリ監督が「キューブ」(1997年)の次回作として予定されていましたが、予算が集まらず、10年間プロジェクトは停滞していました。何となく、古さを感じるのは、そのためでしょうか。何を書いてもネタバレになりそうです。ある意味、題名の意味「結合」もネタバレです。初期のクローネンバーグ監督を思い出すテイストでした。

「スプライス」が古くさく感じるのは、人間と動物のキメラなのに、結果的に人間的な枠の中に納めようとする科学者たちの姿勢にあるような気がします。新生物の新しさは、造形だけではないはずでしょう。

新生物ドレンが驚異的なスピードで成長し、少女から魅力的な成人女性へと変身していきます。この辺は、「スピーシーズ」も連想しました。製作総指揮は「パンズ・ラビリンス」「ヘルボーイ」のギレルモ・デル・トロ監督。成長したドレンの造形に類似性を感じます。

科学者のエルザとクライブを演じるのは、サラ・ポーリーとエイドリアン・ブロディ。この2人の性格俳優の巧みな演技がなければ、荒唐無稽なストーリーが浮いてしまったと思います。さすがですね。

新生物ドレンを演じているのは、特殊メイクとCGで全く分からなくなっていますが、デルフィーヌ・シャネアックという美形の女優さんです。全面CGにしなかったところがいいですね。

■「最後の忠臣蔵」
杉田成道(すぎた・しげみち)監督の「最後の忠臣蔵」は、池宮彰一郎の同名小説を映画化したものです。これまで、忠臣蔵の四十七士は繰り返し描かれてきました。しかし、生き残った者、参加しなかった者の生き様を中心に描いた作品は少なかったと思います。その点が、いかにも現代的です。

赤穂浪士の中に、二人の生き残りがいました。討入り後、切腹の列に加わることを許されず、大石内蔵助から「真実を後世に伝え、赤穂浪士の遺族を援助せよ」との密命を受けた寺坂吉右衛門(てらさか・きちえもん)。もう一人は、討入り前夜に姿を消した瀬尾孫左衛門(せお・まござえもん)。孫左衛門は、内蔵助の隠し子を守るいう使命を内蔵助から受けます。

孫左衛門と内蔵助の忘れ形見・可音(かね)と周囲の人たちを中心に物語が進みます。可音役の桜庭ななみは、孫左衛門役のベテラン役所広司の存在感に負けない輝きを見せます。女性としても、俳優としても、映画の中で見事に成長を遂げていきます。

可音が名家に嫁ぐ日、最初は孫左衛門一人だったお供に、吉右衛門が加わります。続いて元赤穂の家臣たちが続々と現れ、やがて忠義の炎を掲げる男たちの大行列に変わっていきます。生き残った者、敗残者たちの行進へと変化します。これまでの「忠臣蔵」を打ち破る圧巻の場面です。

「最後の忠臣蔵」には、日本映画界の大ベテランたちが参加しています。竹林の美しさなど、何度もはっとする映像に出会います。私が古いようで新しい傑作と高く評価したのは、ベテランたちの映画への熱いこだわり感じたからです。緊張するシーンは無音でみせ、音楽の使い方も控えめで、好感が持てました。

■「ばかもの」
「ばかもの」は、金子修介監督作品ですが、驚くべき深みへと連れていかれます。人間のもろさと過酷な不幸が描かれます。アルコール依存症になる成宮寛貴(なりみや・ひろき)の熱演は見事でした。結婚式の場面では「おとうと」の鶴瓶(つるべ)を思い出しました。

女性たちの生き様が多彩です。「ばかもの」は、女優たちの競演でもあります。内田有紀の高ピーな存在感は、いつもながら健在。私は、聡明そうに見えながら人間的なもろさを抱えている山根ゆき役の中村ゆりの演技がが新鮮でした。
ただ、ずっと気になったのが月並みな音楽の使い方です。むしろ、無音の方が引き込まれると思えたシーンがかなりありました。「最後の忠臣蔵」と対照的です。

■「海炭市叙景」
 「海炭市叙景」は、41歳で自殺した作家・佐藤泰志(さとう・やすし)の遺作を映画化した作品です。函館をモデルにした架空の地方都市・海炭市を舞台に、必死に生きる人々を描いています。オール函館ロケです。 監督は、帯広市出身の熊切和嘉(くまきり・ かずよし)。フィリピンの第12回シネマニラ国際映画祭で、グランプリと最優秀俳優賞をダブル受賞しています。

 原作の18の物語から5話を選んで映画化しています。そのため、重層性がやや弱く感じます。ドックの合理化と組合による闘いも紋切り型過ぎます。函館版「ショートカッツ」にまでは、なりませんでした。しかし、最後のトキ婆さんと猫のシーンはすばらしいです。最後に魅せてくれました。

行政や企業に依存しない自立した製作実行委員会を設立して映画化しました。そして、加瀬亮(かせ・りょう)、南果歩、小林薫(かわる)らベテラン俳優たちとともに、函館市民のキャストの方が強烈なインパクトを残します。立ち退きを拒み続けるトキ婆さん、とても存在感がありました。彼女が地元市民だと知って、とても驚きました。キャスティングのみごとさ。新しい映画の可能性を感じました。

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2011年4月の映画評


■「エンジェルウォーズ」
ストーリーではなく、映像の面白さを楽しむ作品だと思っていましたが、ここまで荒唐無稽だとは驚きました。評価は別にして、ある意味吹っ切れています。日本アニメの影響が濃厚です。ただし寄せ集め感が、いっぱいですね。独創性を感じません。
そして、日本アニメの影響があり、美少女たちがコスプレして闘っているにもかかわらず、萌えの印象が薄いです。萌えという表現は、日本の文化に深く根ざしたもので、これが日本アニメをより魅力的にしている重要な要素です。でも、ザック・スナイダー監督には、難しいかもしれませんね。
予告編がすばらしかったので、とても期待していましたが、ちょっと残念でした。
 「エンジェル・ウォーズ」は、映像表現をひたすら楽しむタイプの作品ですが、もし主張があるとすれば、それはかなり暗いものです。「現実世界は不自由でどうしようもない。自由があるのは自分の妄想の中だけ」という。妄想が現実を変えることはありません。そこが残念でした。今の時代、個々人の妄想力が世界を変えていきます
 主役のベイビードールを演じるエミリー・ブラウニングが、「スイート・ドリームス」ほかを歌っています。彼女、歌に自信はなかったと話していましたが、なかなかうまいものです。スイートピー役のアビー・コーニッシュは、エミリー・ブラウニングと同じくオーストラリア出身。「ブライト・スター~いちばん美しい恋の詩」での熱演が、強く印象に残っています。

 エンドロールでは、思わぬ華麗なショーが用意されています。お見逃しなく。これが一番のサプライズかもしれません。

■「コリン」
マーク・プライス監督の『コリン LOVE OF THE DEAD』
ジョージ・A・ロメロ監督以来の最高のゾンビ映画と評価されています。私は、それほどとは思いませんが、確かに独創的なアイデアと才能を感じます。
たくさんのゾンビが発生したロンドンで、自らもゾンビになった1人の青年が、人間としての意識が遠のいてゆく中で、恋人との思い出の場所を目指して、さまよう姿を描くいきます。マーク・プライスが、監督、製作、脚本、撮影、編集を1人で務めました。塚本晋也監督みたいですね。

注目は、その制作過程です。ボランティアやスタッフを、facebookやtwitterで集めました。製作費45ポンド (約5800円) というのも、ほとんど制作費ゼロですね。
古い機材を使って撮影されていますが、ゾンビ映画では、荒れた映像の方がリアル感が出ます。

マーク・プライス監督は 、ピーター・ジャクソン監督が好きと話しています。ピーター・ジャクソン監督が、全く無名の日曜映画監督だったころの「バッド・テイスト」製作のメイキングを見て、映画製作を決意しました。こういうつながりは、とても感動しますね。


■ 「GONZO -ならず者ジャーナリスト、ハンター・S・トンプソンのすべて-」。
長い題名です。アメリカ国民に愛され続けているゴンゾー・ジャーナリズムと評される独創的な手法を生みだした伝説の作家・ジャーナリストのハンター・S・トンプソンを描いた正攻法のドキュメンタリーです。
アレックス・ギブニー監督は、型破りの人物像を、正攻法で浮き彫りにします。数百枚の写真、200時間を越える録音テープやホームビデオを駆使して実像に迫ります。トンプソンが支持した大統領選挙立候補者のジョージ・マクガヴァンやジミー・カーター元大統領ほか、イラストレーターのラルフ・ステッドマン、2人の奥さん、息子ら、さまざまな人たちが証言しています。

 組織に頼らず自ら取材対象に近づき濃密な関係を築き、主観を恐れずに対象に迫る手法は、生き生きとした記事となって人々を魅了します。しかし、自らが有名人になってしまい、書く側から書かれる側へと変化したことで力を失っていきます。そして2005年2月20日に拳銃自殺します。

 ハンターの著書を原作にしたテリー・ギリアム監督の映画「ラスベガスをやっつけろ」でハンター役を演じ、本人とも親しかったジョニー・デップが、ナレーションを務めています。映像にも登場します。この作品はジョニー・デップ出演の新作でもあります。

 自分が支持する政治家を当選させるために、意図的に対立候補のスキャンダル記事を書くという姿勢は賛成できないですが、ジャーナリズムは公正ではいられないということを自覚していたことは評価できます。ただし、ジャーナリズムの特権性に溺れたことが命取りになりました。

 ソーシャルメディアが浸透した現在、ハンター・S・トンプソンの生き様は、あらためて示唆に富みます。組織に頼らず人と人の信頼関係を築くというスタンスは、今も有効です。しかし、もはやジャーナリズムの特権性に頼ることはできません。

■「イリュージョニスト」
映画「ベルヴィル・ランデブー」で日本でも注目されたアニメーション作家、シルヴァン・ショメの新作です。『ベルヴィル・ランデブー』(2003年)から7年ぶりの新作。ジブリ美術館ライブラリー提供作品という形で公開されました。
作品の原案は、フランスの映画監督であり俳優の、ジャック・タチが遺した未映画化シナリオのうちの1本です。1950年代後半に執筆されましたが、タチが映画化を断念した企画です。
アニメは、素晴らしい画力、見事な表現力です。
物語は、1950年代のパリとスコットランドを舞台にしています。昔ながらのマジックを披露する初老の手品師が、スコットランドののバーで、貧しい少女アリスと出会います。手品師を魔法使いと信じるアリス。2人は、一緒に暮らし始めます。ユーモアや哀愁に満ちた作品ですが、ストーリーに力がないので、ときめきませんでした。
ただ、ジャック・タチへの強い思いを持っている人には、たまらない作品かも知れません。人を選ぶタイプの作品でしょう。

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2011年3月の映画評

■「英国王のスピーチ」
第83回アメリカアカデミー賞の作品賞、監督賞、脚本賞、主演男優賞の4冠を獲得しました。

演説のうまいヒトラーが率いるドイツとの開戦スピーチに臨む、言葉がうまく話せない吃音症(きつおんしょう)に苦しむジョージ6世の物語です。そのジョージ6世を支えたのが、専門の医者ではなく第一次大戦のショックで言葉を失った多くの人を治療してきた、役者志望のオーストラリア人という史実が驚きです。
なんと言っても、脚本が素晴らしい。重くならず、あえて下品なユーモアを交えてながら、クライマックスの緊張感あふれる歴史的なスピーチへと盛り上げていきます。アカデミー史上最高齢で脚本賞を受賞したデヴィッド・サイドラーは、73歳です。見事です。
ジョージ6世を演じたコリン・ファースは、まさに俳優としての絶頂期を迎えていますね。あがり症と吃音症(きつおんしょう)に悩む姿を絶妙に演じます。普通に話すときには苦労しますが、下品な言葉は滑らかに話せます。汚い言葉を続けざまに吐き、草競馬とかスワニー河のメロディーに乗せてスピーディに話す切り替えの見事さ。まさに舌を巻きます。

妻のエリザベスを演じたヘレナ・ボナム=カーター。いつものアクの強いキャラクターではなく、控えめな演技が印象的でした。何気ない場面で、さりげなく存在感を発揮します。エドワード8世役のガイ・ピアースが、コリン・ファースと華やかです。対照的なキャスティングも見事でした。

クラシック音楽が印象的に絶妙に使われています。モーツアルト「フィガロの結婚」が登場。クライマックスでベートーヴェンの交響曲第7番第2楽章、スピーチ後にピアノ協奏曲5番「皇帝」第2楽章が流れます。モーツアルトの大好きなクラリネット協奏曲イ長調もエンディングほかで使われています。


■「ウッドストックがやってくる」
アン・リー監督の「ウッドストックがやってくる」。「英国王のスピーチ」のチケットが完売していて、予定外に観たのですが、チケットが完売していて、良かったです。危うく見逃したかもしれません。50万人が集まった伝説の野外コンサートの舞台裏が、とてもリアルに描かれています。大作ではありませんが、あの時代の熱い雰囲気が伝わってきます。

この作品は、アカデミー賞受賞監督たちの最新作を連続公開する「監督主義プロジェクト」の第一弾です。
映画監督たちが自身の創作意欲と向き合い「観客に本当に伝えたい物語」を撮りあげた作品をとりあげています。実力派監督の新作であってもDVD発売のみになってしまうケースの多い日本で「いい映画はスクリーンで観てほしい」という主旨を掲げる「監督主義プロジェクト」は、嬉しい企画です。

1969年の夏、ニューヨーク州の田舎町ホワイトレイクにウッドストック・フェスティバルを誘致した青年の活躍を描きます。心優しい主人公・エリオットに、新人のディミトリ・マーティン。強烈な個性を放つ母親を『ハリー・ポッター』シリーズのイメルダ・スタウントンが怪演しています。

エリオット(ディミトリ・マーティン)はニューヨーク州ホワイトレイクの実家に戻る。短気な母(イメルダ・スタウントン)と父(ヘンリー・グッドマン)が経営するモーテルは大赤字。借金返済に悩む彼はある日、ウッドストック・フェスティバルの開催許可が取り下げられたという記事を目にし、保守的な町の人たちと対立しながら、誘致に乗り出します。

主人公のエリオットがLSDを体験するシーンが素晴らしい。それまでのドキュメンタリータッチからCGを駆使した色彩豊かな幻覚の世界か広がります。観ている私たちも、その世界を追体験できます。

コンサートや集まった人たちを描いた作品は多くありましたが、この作品は誘致した地元の顛末を、低い目線で描いている点が特徴です。当時の様子が、伝わってきます。

■「トゥルー・グリット」
 コーエン兄弟が、ジョン・ウェイン主演の名作西部劇「勇気ある追跡」(1969)をリメイクしました。正確には、チャールズ・ポーティスの原作小説の再映画化です。

どこまでも広がる荒野。懐かしい西部劇の雰囲気の中に、コーエン兄弟独特の空気が流れています。アクの強いシーンが少なく、奇をてらった所がなくても、コーエン監督の質感がにじみ出ていました。ある意味、成熟を感じます。

まあ、スピルバーグが製作総指揮ということも、影響しているかもしれませんね。
父親を殺された14歳の少女マッティは犯人を追跡するため、ブリッジス演じる保安官コグバーンを雇い、2人で犯人を追います。 マット・デイモンが演じるテキサスレンジャーのラブーフに出会い、一緒に犯人を捜します。ブリッジスとデイモンは相変わらずうまい。手慣れたものです。そして14歳の少女マッティ役ヘイリー・スタインフェルドの存在感はなかなか見物です。ふてぶてしさと弱さの間を揺れる少女を演じています。

■「冷たい熱帯魚」
 園子温(そのしおん)監督の新作は「コーエン兄弟が日本映画を撮影したのかと思った」と評されました。園子監督は「愛のむきだし」(2008年)でベルリン国際映画祭で国際批評家連盟賞とカリガリ賞を受賞しています。しかし、私は、「冷たい熱帯魚」が監督の最高傑作だと思います。「愛のむきだし」は、たしかにすさまじいパワーを持っていました。圧倒されました。しかし、やや無駄なシーンもありました。「冷たい熱帯魚」には全く無駄なシーンがありません。凄まじい完成度でした。
 その映像のパワー、衝撃力は中島哲也監督の傑作「告白」をさえ上回ります。その突き抜けた描写は、清々しいほどです。
まったく救われない家族を描いています。映画を制作した当時の監督は、死んでもいいくらいに落ち込んでいたので、救いのある話で自分が救われるよりも、徹底的に救いのない映画にすることが大事だと思って、つくったそうです。暴力と狂気に満ちているのに、吹っ切れているんですね。

それを可能にしたのが、 SUSHI TYPHOON(スシ タイフーン)レーベルという、とても自由度の高い制作会社です。2008年の「片腕マシンガール」の全米大ヒットに刺激され、アメリカ市場を見据えて日活が立ち上げた海外配給専門レーベルです。「冷たい熱帯魚」は、アメリカでホラー映画として35館以上の映画館で上映が決まっています。

吹越満(ふきこし みつる)、でんでん、黒沢あすかとも、演技の針が振り切れる熱演。それぞれにとって、代表作になると思います。
吹越満は、注目してきた俳優です。1984年 - 1999年1月まで劇団WAHAHA本舗に在籍していました。多くの舞台、映画、テレビドラマに出演するほか、1990年から始めた『フキコシ・ソロ・アクト・ライブ』と題するソロパフォーマンス公演を年に1本程度のペースで続けている。とても、前衛的なパフォーマンスです。


今回、最も驚いたのが、でんでんの怪演です。芸名は、でんでん虫のように可愛くありたいからつけたということです。コメディアンから俳優になり、気のいいおじさん役が多いです。今回は、身も凍るような猟奇殺人者を喜々として演じています。

黒沢あすかは、塚本晋也監督の「6月の蛇」で妖艶な存在感を放ち、注目されました。吹っ切れた女優です。今回ある意味で、もっともすごいのが黒沢あすかです。とてもエロティックで、とらえどころがない暗く深い不気味な狂気をはらんでいます。

■「アンチクライスト」
 ラース・フォン・トリアー監督の「アンチクライスト」。デンマーク・ドイツ・フランス・スウェーデン・イタリア・ポーランドの合作です。6カ国合作すごいですね。
園子温(そのしおん)監督は、トリアー監督の「絶望していた自分を癒すためだけにつくった」という発言に励まされて「冷たい熱帯魚」をつくりました。
「アンチクライスト」も、とんでもない衝撃作です。子どもの事故死のショックから立ち直れず、自分を責め続ける妻の精神状態を気遣って、精神科医の夫は、深い森の中のバンガローで過ごします。そして、物語は想像を超えたスプラッタ・ホラーになっていきます。魔女になるシャルロット・ゲンズブールの演技は凄まじいです。
「アンチクライスト」は、「反キリスト」です。キリスト教では悪魔として否定されている自然。「キリストに先立つもの」としての自然、そして女性性を取り上げています。作品は難解で一筋縄では解き明かせませんが、私には1部の人たちが批判しているような女性差別の映画とは思えませんでした。むしろ、神話的な作品、カオスとしての自然を恐れつつ崇拝する作品に思えました。
トリアー監督は、本作を制作する数年間、重いうつ状態だったと言います。そこから抜け出すために制作したと語っていました。この作品からは、切実な叫びが聞こえてきます。

切実な叫びといえば、2000年の作品「Dancer in the Dark」を思い出します。ビョークとカトリーヌ・ドヌーブの夢の競演。第52回カンヌ国際映画祭のパルムドールと主演女優賞をダブル受賞しました。ドキュメンタリー風の映像とミュージカルシーンの緊張した二重構造で、チェコからアメリカに移民したシングル・マザー・セルマの痛ましい悲劇が描かれます。深々とした裂け目をつないでいるのが、セルマ役のビョークの演技を超えた身ぶりと歌声。アメリカ社会の絶望的現実と人間の尊厳に満ちた希望が、こんな形で映像化されるとは驚きでした。ハリウッド映画では、けっして到達できない奇跡的な高みが、実現していました。
 ミュージカルを愛しつつアメリカミュージカルの浅さ、いいかげんさを認識していたトリアー監督は、思いもかけない方法で、ミュージカルを蘇らせました。これほどまでにミュージカルを生かしながら、既存のミュージカルを批判しえた作品は初めてです。ミュージカルの国アメリカに移り、ミュージカルの舞台に立つことを夢見ていたセルマは、最も過酷な場面で、その夢を実現します。その悪意に満ちた想像するだに恐ろしいアイデア。打ちのめされるラストシーンが、実はセルマの勝利だということに気つかされます。この作品も、衝撃的でした。

「アンチクライスト」のエンドクレジットに、ロシアの巨匠「アンドレイ・タルコフスキー監督に捧げる」という言葉があります。トリアー監督は「タルコフスキーは自分にとって重要人物。映画『鏡』を観たときは、余韻が残り続けた。以来、彼の手法を盗んできたと思う。」と話しています。今回の映像には、とりわけタルコフスキーを感じました。嬉しいような悲しいような複雑な気持ちです。


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2011年2月の映画評

■「ソーシャル・ネットワーク」
今話題の「Facebook」の始まりを描いた作品です。ゴールデン・グローブ賞で最多の4冠を受賞しています。成功美談でも、生々しい人間ドラマでもなく、情熱に満ちた不器用な青年たちの姿を描いています。さまざまな人たちがぶつかり合いながら、歴史を作っていく感触が伝わってきます。きれいごとではない野心や感情のぶつかり合い、人間関係がハイスピードで描かれています。

世界最大のソーシャルネットワーク「Facebook」の創設者マーク・ザッカーバーグの半生をドラマチックに描くデビッド・フィンチャー監督の作品と聞けば、派手なぶつかり合いを想像しますが、関係者たちの対立は多面的な視点から抑制的に描かれます。そして小さな謎を残したまま終わります。

映画は、マークに対するかつての仲間や関係者たちの訴訟と証言を中心にしています。成功報酬をめぐる薄汚い対立のように見えますが、その証言を通じて、ひたむきな青年たちの生き様が浮かび上がってきます。欠点を持ちながらも、前向きな姿が印象に残ります。

音楽ファイル共有サイト「ナップスター」創設者のショーン・パーカーが、野望に満ちた悪役として登場します。しかし、彼のグローバルな長期的な視点がなければ、「Facebook」を今の世界的な規模にすることはできなかったと思います。この点は重要です。

別れた彼女にFacebookで「友達申請」して返事を待つラストシーン。孤独感がひしひしと伝わってきます。世界中の人たちをつなぐソーシャルメディアを作り上げた人が、孤独であるという皮肉。でも、そのエネルギー、情熱が確実に歴史を切り開いていきます。Facebookをどう活かしていくか。その先を進めるのは、私たち一人一人だと思います。

映画の後半、「Facebook」の登録者が100万人を超えて盛大なパーティが開かれます。喜び合うスタッフ。映画では5億人の登録者がいると説明していますが、今では世界で6億人以上の登録者がいます。驚くべきことです。日本でも、無視できない存在になるでしょう。

■「キック・アス」
従来のアメコミ映画のぬるさをぬぐい去った、軽快なコメディと容赦のないバイオレンス表現が混ざりあった傑作です。全米で大ヒットしたにもかかわらず、過激な表現に腰が引けて日本公開がなかなか決まりませんでした。日本公開されて嬉しいです。日本でもヒットしました。
 マシュー・ヴォーン監督は、まずソニーと契約して製作費を捻出しようとしましたが、バイオレンス描写を弱めるよう要求をされたため断念。他のスタジオも興味を示しましたが、キャラクター設定の変更を求められたため、結局ヴォーン監督が自分で製作費を調達して完成しました。つまり自主映画。じつに天晴です!!。

題名の「キック・アス」は、コミックのスーパーヒーローに憧れるギークがネットで買ったコスプレ・スーツを着て活動し、見物人から撮影されたときに名乗った名前です。その動画はYouTubeにアップされて話題になります。でも、普通の青年です。この映画の本当の主人公は、別にいます。

「キック・アス」の本当の主人公は、ヒット・ガールです。素晴らしい戦闘能力を持つ11歳の美少女。クロエ・モレッツが、放送禁止用語を連発しながら、キュートに熱演しています。彼女を訓練した父親ビッグ・ダディとともに、喜々として悪人たちを殺し回ります。善悪は別にして、痛快です。

クロエ・モレッツは、ヒット・ガールを原則スタントなしでこなすために、約7カ月間トレーニングを続けました。アンジェリーナ・ジョリーのアクションを研究にしたそうです。あらゆる武器を駆使して戦うシーンの9割は、彼女自身が演じています。

ビッグ・ダディ役は、ニコラス・ケイジ。彼は、自分の子にスーパーマンの本名の名前をつけているほどのアメコミ好きです。そのコスチュームは、バットマンへのオマージュたっぷり。演技も締っていてなかなか好感が持てました。

「キック・アス」は、続編の制作が決まっています。マシュー・ヴォーン監督は、現在「X-MEN: First Class」の監督を務めていますが、2011年後半に続編に取りかかり、2012年の公開を目指しています。ただ、少女クロエ・モレッツが、どんどん女性になっていくのが心配です。

■「スプライス」
 SF映画です。「スプライス」は、ヴィンチェンゾ・ナタリ監督が「キューブ」(1997年)の次回作として予定されていましたが、予算が集まらず、10年間プロジェクトは停滞していました。何となく、古さを感じるのは、そのためでしょうか。何を書いてもネタバレになりそうです。ある意味、題名の意味「結合」もネタバレです。初期のクローネンバーグ監督を思い出すテイストでした。

「スプライス」が古くさく感じるのは、人間と動物のキメラなのに、結果的に人間的な枠の中に納めようとする科学者たちの姿勢にあるような気がします。新生物の新しさは、造形だけではないはずでしょう。

新生物ドレンが驚異的なスピードで成長し、少女から魅力的な成人女性へと変身していきます。この辺は、「スピーシーズ」も連想しました。製作総指揮は「パンズ・ラビリンス」「ヘルボーイ」のギレルモ・デル・トロ監督。成長したドレンの造形に類似性を感じます。

科学者のエルザとクライブを演じるのは、サラ・ポーリーとエイドリアン・ブロディ。この2人の性格俳優の巧みな演技がなければ、荒唐無稽なストーリーが浮いてしまったと思います。さすがですね。

新生物ドレンを演じているのは、特殊メイクとCGで全く分からなくなっていますが、デルフィーヌ・シャネアックという美形の女優さんです。全面CGにしなかったところがいいですね。

■「最後の忠臣蔵」
杉田成道(すぎた・しげみち)監督の「最後の忠臣蔵」は、池宮彰一郎の同名小説を映画化したものです。これまで、忠臣蔵の四十七士は繰り返し描かれてきました。しかし、生き残った者、参加しなかった者の生き様を中心に描いた作品は少なかったと思います。その点が、いかにも現代的です。

赤穂浪士の中に、二人の生き残りがいました。討入り後、切腹の列に加わることを許されず、大石内蔵助から「真実を後世に伝え、赤穂浪士の遺族を援助せよ」との密命を受けた寺坂吉右衛門(てらさか・きちえもん)。もう一人は、討入り前夜に姿を消した瀬尾孫左衛門(せお・まござえもん)。孫左衛門は、内蔵助の隠し子を守るいう使命を内蔵助から受けます。

孫左衛門と内蔵助の忘れ形見・可音(かね)と周囲の人たちを中心に物語が進みます。可音役の桜庭ななみは、孫左衛門役のベテラン役所広司の存在感に負けない輝きを見せます。女性としても、俳優としても、映画の中で見事に成長を遂げていきます。

可音が名家に嫁ぐ日、最初は孫左衛門一人だったお供に、吉右衛門が加わります。続いて元赤穂の家臣たちが続々と現れ、やがて忠義の炎を掲げる男たちの大行列に変わっていきます。生き残った者、敗残者たちの行進へと変化します。これまでの「忠臣蔵」を打ち破る圧巻の場面です。

「最後の忠臣蔵」には、日本映画界の大ベテランたちが参加しています。竹林の美しさなど、何度もはっとする映像に出会います。私が古いようで新しい傑作と高く評価したのは、ベテランたちの映画への熱いこだわり感じたからです。緊張するシーンは無音でみせ、音楽の使い方も控えめで、好感が持てました。

■「ばかもの」
「ばかもの」は、金子修介監督作品ですが、驚くべき深みへと連れていかれます。人間のもろさと過酷な不幸が描かれます。アルコール依存症になる成宮寛貴(なりみや・ひろき)の熱演は見事でした。結婚式の場面では「おとうと」の鶴瓶(つるべ)を思い出しました。

女性たちの生き様が多彩です。「ばかもの」は、女優たちの競演でもあります。内田有紀の高ピーな存在感は、いつもながら健在。私は、聡明そうに見えながら人間的なもろさを抱えている山根ゆき役の中村ゆりの演技がが新鮮でした。
ただ、ずっと気になったのが月並みな音楽の使い方です。むしろ、無音の方が引き込まれると思えたシーンがかなりありました。「最後の忠臣蔵」と対照的です。

■「海炭市叙景」
 「海炭市叙景」は、41歳で自殺した作家・佐藤泰志(さとう・やすし)の遺作を映画化した作品です。函館をモデルにした架空の地方都市・海炭市を舞台に、必死に生きる人々を描いています。オール函館ロケです。 監督は、帯広市出身の熊切和嘉(くまきり・ かずよし)。フィリピンの第12回シネマニラ国際映画祭で、グランプリと最優秀俳優賞をダブル受賞しています。

 原作の18の物語から5話を選んで映画化しています。そのため、重層性がやや弱く感じます。ドックの合理化と組合による闘いも紋切り型過ぎます。函館版「ショートカッツ」にまでは、なりませんでした。しかし、最後のトキ婆さんと猫のシーンはすばらしいです。最後に魅せてくれました。

行政や企業に依存しない自立した製作実行委員会を設立して映画化しました。そして、加瀬亮(かせ・りょう)、南果歩、小林薫(かわる)らベテラン俳優たちとともに、函館市民のキャストの方が強烈なインパクトを残します。立ち退きを拒み続けるトキ婆さん、とても存在感がありました。彼女が地元市民だと知って、とても驚きました。キャスティングのみごとさ。新しい映画の可能性を感じました。

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2011.04.17

「GONZO」。ソーシャルメディアの浸透した現在、トンプソンの生き様があらためて示唆に富む

 「GONZO -ならず者ジャーナリスト、ハンター・S・トンプソンのすべて-」。アメリカ国民に愛され続けているゴンゾー・ジャーナリズムと評される独創的な手法を生みだした伝説の作家・ジャーナリストのハンター・S・トンプソンを描いた正攻法のドキュメンタリーです。アレックス・ギブニー監督は、正攻法で独創性を浮き彫りにします。
 数百枚の写真、200時間を越える録音テープやホームビデオを駆使して実像に迫ります。トンプソンが支持した大統領選挙立候補者のジョージ・マクガヴァン、ジミー・カーター元大統領ほか、イラストレーターのラルフ・ステッドマン、2人の奥さん、息子ら、さまざまな人たちが証言しています。
 組織に頼らず自ら取材対象に近づき濃密な関係を築き、主観を恐れずに対象に迫る手法は、生き生きとした記事となって人々を魅了します。しかし、自らが有名人になってしまい、書く側から書かれる側へと変化したことで力を失っていきます。そして2005年2月20日に拳銃自殺します。
 ハンターの著書を原作にしたテリー・ギリアム監督の映画「ラスベガスをやっつけろ」でハンター役を演じ、本人とも親しかったジョニー・デップが、ナレーションを務めています。映像にも登場します。この作品はジョニー・デップ出演の新作でもあります。
 自分の支持する政治家を当選させるために、意図的に対立候補のスキャンダル記事を書くという姿勢は賛成できないものの、ジャーナリズムは公正ではいられないということを自覚していたことは評価できます。ただし、ジャーナリズムの特権性に溺れたことが命取りになりました。
 ソーシャルメディアの浸透した現在、ハンター・S・トンプソンの生き様は、あらためて示唆に富みます。組織に頼らず人と人の信頼関係を築くというスタンスは、今も有効です。しかし、もはやジャーナリズムの特権性に頼ることはできません。

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「エンジェルウォーズ」は、映像表現をひたすら楽しむタイプの作品ですが...

「エンジェルウォーズ」はストーリーではなく、映像の面白さを楽しむ作品だと思っていましたが、ここまで荒唐無稽だとは驚きました。評価は別にして、ある意味吹っ切れています。日本アニメの影響が濃厚。ただし寄せ集め感が、いっぱいです。独創性を感じません。予告編がとてもすばらしかったので期待していました。最優秀予告編大賞かも。
 「エンジェル・ウォーズ」は、映像表現をひたすら楽しむタイプの作品ですが、もし主張があるとすれば、それはかなり暗いものです。「現実世界は不自由でどうしようもない。自由があるのは自分の妄想の中だけ」という。妄想が現実を変えることはありません。そこが残念でした。今の時代、個々人の妄想力が世界を変えていきます。
 「エンジェル・ウォーズ」で主役のベイビードールを演じるエミリー・ブラウニングが、「スイート・ドリームス」ほかを歌っています。彼女、歌に自信はなかったと話していましたが、なかなかうまいものです。スイートピー役のアビー・コーニッシュは、エミリー・ブラウニングと同じくオーストラリア出身。「ブライト・スター~いちばん美しい恋の詩」での熱演が、強く印象に残っています。
 エンドロールでは、思わぬ華麗なショーが用意されています。お見逃しなく。これが一番のサプライズかもしれません。

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